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フードロス減へ消費者教育を 東京農業大教授・佐藤みずほさん

毎日新聞 / 2024年6月26日 15時0分

佐藤みずほ・東京農業大国際食料情報学部教授

 フードロスへの問題意識から、システムデザインの観点で「農と食」に向き合う研究者がいる。東京農業大国際食料情報学部教授の佐藤みずほさんを訪ねた。門外漢の人間にはドライな印象のある領域だが、語られる言葉からは、生産者と消費者との結び目を探る温かみが伝わった。【聞き手・三枝泰一】

 ――「フードロス」を意識されたきっかけは?

 ◆食品会社時代の実務経験です。天然甘味料のメーカーで商品開発を担当していました。開発する商品は四季折々変わります。例えば夏の時期ならば「レモン」風味、秋になれば「クリ」「カボチャ」「サツマイモ」と。売れ残りも出るし、期限が切れると廃棄されてしまう。そしてまた、次を考える。業界ではそれが当たり前でした。とにかくスピードが求められる。その一方で、「サステナビリティー(持続可能性)」という考え方は、まだそれほど業界には浸透していませんでした。「これでいいのか」と、疑問がわいたわけです。

 ――社会システムをデザインし直すことで、解決を目指そうと?

 ◆食を巡る社会をシステムで捉えました。さまざまな要素の絡み合いで機能するのがシステムです。一つの要素の不具合がシステム全体に不整合を及ぼします。それを特定すれば改善につながるし、要素の組み合わせを変えれば新しい仕組みをつくり出すこともできる。そういう考え方です。

 ――例えによく出るのは、集荷規格に合わない「曲がったキュウリ」の話です。

 ◆フードロスを減らすカギは、サプライ(供給)とデマンド(需要)の意思疎通にあります。生産者には、収穫したものは無駄にしたくないという意識がある。卸売業者は規格を守ることで得られるブランド価値を考えるし、その価値は高収益として、生産者にも還元されるとも考えています。小売業者も同様で、消費者と直接向き合うだけに敏感でもあります。生産者は「曲がっていても、味は同じなのに」と考えているかもしれません。では、実際に需要側の消費者はどう考えているのか。それを供給側に伝える仕組みはあるのか。

 ――「曲がったキュウリ」は買わない、という人もいれば、値段が安ければ買う、という人もいる?

 ◆例えば、スーパーやコンビニで売っているカット野菜。人件費などが加算されるので、量が同じならば通常は生野菜よりも割高ですが、天候不順など野菜価格の高騰期には割安になり、需要が伸びます。価格をモノサシにした「需要と供給」の教科書のような話ですが、そこに欠けているのは、生産者の立場への理解です。

 ――違うモノサシが要ると?

 ◆食品のサプライチェーンは、天候リスクに農産物が常にさらされているという宿命から、インプットのぶれが非常に大きい。既存のシステムをそのままにしたまま、最終価格の平準化にこだわると、どこかにひずみが生じます。

 フードロスの観点で重要なのは、消費者への「教育」だと思います。

 私が慶応大大学院のシステムデザイン・マネジメント研究科で研究をスタートしたのは、この研究科が創設された翌年の2009年でしたが、当時は、フードロスに関わるデータを把握する環境はほとんどありませんでした。今は、国内のフードロスが年間523万トンにのぼり、21年の世界の食料支援量の1・2倍にもなるという説得力のある数字が語られています。現場での実感ですが、15年に国連で「SDGs」(持続可能な開発目標)が採択されて以降、環境は一変しました。システムの改革に実証性を持たせ、食品に対する消費者の意識を変えるカギとして、データの持つ重要性は絶対的です。生産者が置かれている環境への想像にもつながります。「教育」と言いましたが、生産者と消費者との「コミュニケーション」と言い換えてもいい。意識が変わった需要を、供給へオーダーするイメージです。

 また、そうした消費者への教育の手段としてシリアスゲームも有効だと考えています。社会問題の解決を目的にするゲームのことで、野菜や牛乳のサプライチェーンをベースにした「Veggie Mart Game」や「Milky Chain Game」を開発し、有効性を示してきました。

 ――システムデザインの観点から見て、注目すべき農業の形態はありますか。

 ◆CSA(地域支援型農業)はその一つでしょう。消費者が農家と直接契約を結び、あらかじめ決めた価格で農産物を定期購入するシステムです。そこにいるのは、買って、食べるだけの消費者ではありません。農業と直接つながる地域住民として、自己を捉えます。農業には自然災害や需給のリスクが伴うことを理解し、そのリスクを農家と共有することで、生産側の一員としての意識を持つ。農作業に参加する機会もあります。顔の見える関係性から、食品の安全性が得られます。

 農家にとっては、これは新しい営農システムです。収入の安定が最大のメリットで、それに伴って、計画的な生産資材の購入が可能になります。

 子どもたちを招いた農業体験会の開催など、地域社会への貢献も期待できます。

 ――システムを基底で動かすのは、コミュニケーションの力ですね。

 ◆極端な話をすれば、毎日、毎食、決まった数のカップラーメンだけを食べるようなシステムにすれば、フードロスの削減につながります。目標が突出した、実際にはありえない話ですが、この例えでは、食を巡る他の価値がそぎ落とされています。システムを組み立てる際に重要なのは、一方向にフォーカスし過ぎることを防ぐアクター間のコミュニケーションです。

 これは生産者同士にも言えることで、例えば、旧来の慣行農業を続けている高齢農家と、6次産業化を実現しているような農家が混在しているような地域では、営農形態の違いから両者のコミュニケーションが断絶しているケースが見られます。このように相互扶助といった価値の共有がなければ、システムに不整合が生じます。

 ――大学生と接して実感することはありますか。

 ◆農業系の大学ということと、また、飲食店でのアルバイト経験ということもあって、フードロスに対する問題意識は高いですね。必要なのは10年後、20年後の社会を想像し、自分をアクターにして、そのシナリオを描いていくことだと思います。サステナビリティーは、一人一人のその取り組みから生まれます。

さとう・みずほ

 1976年、大阪府出身。2000年、女子栄養大卒。02年、女子栄養大大学院博士前期課程修了。14年、慶応大大学院後期博士課程修了。博士(システムデザイン・マネジメント学)。株式会社クインビーガーデン・ソリューション本部主任研究員、東京農業大国際食料情報学部食料環境経済学科准教授を経て、23年から現職。

 2024年(第52回)毎日農業記録賞の作文を募集しています。9月4日締め切り。詳細はホームページ(https://www.mainichi.co.jp/event/aw/mainou/guide.html

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