段ボールの力を被災地へ 避難生活を支えるアイデア町工場の挑戦
毎日新聞 / 2024年6月29日 8時30分
元日に発生した能登半島地震から7月1日で半年。地震を直接の原因とした死者は230人に上り、今も石川県内で2000人以上が避難生活を続ける。被災地には全国から多くの支援が寄せられているが、東京・下町にある町工場からも、支援物資として「段ボール箱まくら」30個がビニールハウス内で避難する人たちに届けられた。東京都葛飾区で創業65年を迎える老舗「坪川製箱所」に、被災地の支援と防災にかける思いを取材した。
送られた「箱まくら」は、段ボールならではのクッション性があり、中心に切れ込みが入っているため頭の重さに合わせて沈み込み、程よく後頭部を包み込んでくれる。単にまくらというだけでなく、箱の中には懐中電灯や給水バッグ、簡易トイレなどさまざまな防災グッズが収納されているのがポイントだ。
開発したのは、同社2代目社長の坪川美明さん(64)と、専務の妻・恵子さん(55)の夫婦。恵子さんは東京でも最大震度5強の揺れを観測した2011年東日本大震災の被災地の様子を目にし「避難所生活で精神的にも肉体的にも苦しんでいる人たちに少しでも安らぎを与えられないか」との思いが芽生えた。そして、災害関連死を含めて276人が亡くなった16年の熊本地震の被害をきっかけに「自分たちにできること」を具体的な形にしようと決心したという。
まずは東日本大震災と熊本地震の被災者に会いに行き、話を聞くことから始めた。最初は「私たちが苦しんでいるときに商売の話をして」と受け止められることもあったが、根気よく話を聞き続けるうちに、徐々に話をしてもらえるようになった。避難所暮らしの実態が見えてきたころ、ふと避難所の写真や映像を見ると、「まくらがない」と気付いた。皆、服などを丸めて頭の下に置いて寝ていたのだ。
「うちの段ボールでまくらを作ろう」。工場で、試行錯誤の日々が続いた。作っては自ら寝て試し、また作り直し。ある程度納得できるものができたところで小学校の避難所体験や防災フェス、防災訓練にも試作品を持ち込み、老若男女から意見を集めた。避難生活で必要になるものを中に入れるというアイデアもそこで生まれた。数十種類の試作品を経て、熊本地震発生から半年後の16年10月、現在の「段ボール箱まくら」の形にたどりついた。
19年10月に発生した台風19号の際に、段ボール箱まくらは大活躍した。葛飾区にも避難勧告が発令され、区内の小中学校が避難所になった。近隣の避難所から依頼を受け、同社は段ボール箱まくらを五つの学校に20個ずつ寄贈した。避難所の一つとなった区立川端小学校では、見慣れない箱に避難者は当初「何これ?」と戸惑っていたが、使った後は「便利だね」と好評だったという。区内の避難所には、箱まくらの後に新たに開発した段ボールベッドも届けられた。ベッドの床板を開けると、土台部分には簡易の洋式便器となる箱が、いくつも収納されている。
アイデア商品は、防災グッズだけではない。創作ティッシュボックス「もくもくイエー」は段ボール箱の中にトイレットペーパーを収納し、必要な分を引き出して使える「家」形の容器。煙突部分からペーパーが煙のように出てくる遊び心あるデザインで、屋根部分には白い紙を使っていて、組み立て前に自由に色を塗ることができる。20年にコロナ禍で学校が休校となった際、「何か子どもたちが時間をつぶせるものを作れないか」と社長の美明さんが考案したものだ。
地元の女子サッカーチーム「南葛SC WINGS」で活躍する高原麻実さん(26)は同社の入社2年目の社員。「仕事でも大事なのはチームワーク。自分の得意分野を生かし、助け合って一つの商品を完成させるところはサッカーに通じる」と話す。被災地の様子をテレビで見て心を痛めていたといい「何かできることがあればと思っていた。この会社で支援に少しでも携われていることは素晴らしいと思う」と仕事に誇りを持って取り組んでいる。
同社は防災グッズを知ってもらうために都内で行われる防災イベントや見本市、小中学校の訓練などに積極的に参加している。19年の台風19号のときも、たまたま1週間前に同社近くの葛飾区立木根川小学校で学校に泊まって避難所体験をするイベントが行われており、専務の恵子さんたちも参加していたため、台風で小学校に避難した際、パーティションなどの設営がスムーズにできたという。
恵子さんは言う。「実際に被災すると、大人は先々のことばかり考えてしまって動けなくなる人も多く、いざという時に動けるのは小中学生だったりする。日ごろから子どもたちも交えて訓練をして、『町は自分たちで守る』という意識を持つことが大切だ」
自分たちだから作れる段ボールで、何か人の役に立てるものを……。下町の小さな町工場から生み出される商品には、段ボールのような温かみのある「思いやり」がたっぷりと詰まっている。【榎良広】
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