「いつか満員に」 ハチ公の故郷にある老舗映画館 復活10年の軌跡
毎日新聞 / 2024年6月30日 13時30分
昭和のレトロ感にあふれ、ファンの間で知る人ぞ知る映画館が秋田県大館市にある。経営難で一時は閉鎖に追い込まれたが、ある夫婦によって復活を遂げ、7月で10年を迎える。節目を前にした5月、特別上映会が催された。奔走したのは東北、そして秋田に格別の思いを抱く映画関係者たちだ。
監督がエール
JR大館駅前にある「御成座(おなりざ)」。館内は観客でほぼ満員だった。映画「ぬくもりの内側」が特別上映された5月26日午後、運営を取り仕切る切替(きりかえ)桂さん(54)が花束を高々と掲げた。気さくな人柄の桂さん。感極まった様子で満面の笑みを浮かべた。
花束を贈ったのは上映作の監督を務めた田中壱征さん(50)。作品が終わった後に登壇し、桂さんと御成座サポーターの越前貞久さん(73)に花束を手渡した。御成座の関係者には事前に伝えず行われたサプライズ。中高年を中心とした観客から、拍手がわき起こった。
映画は終末期の治療・ケア施設「ホスピス」が舞台。余命宣告された3人が、安楽のみとりを求めて行き着いた、海辺の小さなホスピスでの日々などを描く。厚生労働省推薦映画となり、関東や関西などの学校で多くの生徒が鑑賞したという。
祖父の思い出と大館
上映会が決まったのは3月。この映画の北東北での上映を担当する大館市比内町出身の大数加美恵子さん(55)が、大館への感謝の気持ちに代えて「故郷で頑張る御成座で上映できないか」と発案したのがきっかけだ。
田中監督にも大館にまつわる思い出がある。2歳で父母を、高校卒業後に育ての親も失い、不遇な環境下で育った。
43年前、祖父に連れられ見学した東北の祭りの道すがら「ここはハチ公の街なんだよ」と教えてもらった記憶がある。今回の上映は、懸命に育ててくれ、上映作を制作するきっかけともなった祖父母への恩返しの意味も込めたという。
1日限りの上映とはいえ、全国でほとんど見かけることがなくなった絵看板を掲げるなど、上映会のPRに一役買った御成座。桂さんは田中監督を前に「あたふたしました」と笑顔を見せた。
田中監督は「作る側と上映する側、お互いあっての映画。東北を担う老舗映画館として頑張ってもらいたい」と話した。
ファンに背中を押され
御成座は1952年に開館した。3年後に大火で全焼したが、わずか4カ月後には現在の建物に新築し、営業を続けたという逸話も残る。2005年6月に閉鎖され、半世紀を超える歴史に一度はピリオドが打たれた。
再び歴史が動いたのは閉鎖から9年後のことだ。千葉県市原市で通信設備のインフラ整備会社を経営していた桂さんの夫、義典さん(51)が13年8月、大館で会社事務所として御成座の建物を借り上げたのを機に、「創立者の思いを胸に映画ファンを喜ばせたい」と翌14年7月に再興した。
二人の行動に地元も応えた。感激した当時の市長から、市が所有する高音質のスピーカーが貸与されたほどだという。
映画上映に加え、スクリーンや舞台はイベントにも活用し、営業努力を続けてきた。古き良き時代の昭和のたたずまいをほうふつとさせる館内がファンをうならせる。
気軽に楽しめる場所へ
義典さんは「昭和世代にとっては懐かしく、20~30代も興味津々。SNS(ネット交流サービス)などで知ったという人たちが全国各地から飛行機や列車を乗り継いで、やって来る。海外からの客もいる」と、その反応ぶりに驚く。
現在は主に桂さんが運営を担う御成座。義典さんは本業の通信設備業に力を入れつつ、経営や資金面で支えている。
義典さんは「移住するにあたって大館の人たちに本当に温かく迎え入れていただいた。この10年、いい出会いに支えられた。黒字になっているわけではないが、ポスター張りやチラシ配りし、陰で支えてくれた人たちの力は大きい」と感謝の言葉を口にする。
その傍らで「年金暮らしの高齢者も気軽に楽しめる環境を作っていきたい」と桂さん。まだ果たせていないが二人は「映画(の通常興行)でいつか満席にしたい」との夢を思い描く。
御成座は復活10年を記念し、8月3~25日に「御成座映画祭」を開催する。「最初で、最後。」と銘打ち、独自に選んだ30作品を上映する。【田村彦志、山本佳世子】
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