150年続く文具店 5代目長女の15歳が神戸空襲で焼失した記録たどる
毎日新聞 / 2024年7月3日 12時0分
神戸元町商店街(神戸市中央区)が誕生してから150年。300以上の店舗が軒を連ねる中、商店街と共に歩み続けてきた老舗文具店がある。太平洋戦争の戦火で当時の暮らしぶりが分かる記録が失われたが、その空白の歴史を次の世代がたどった。
商店街の東側入り口から約180メートル。左手に鉛筆の看板が目印の文具店が見える。「文具サワタニ」(同区元町通2)だ。創業年は定かでないが、店に残されていた筆の発注書の消印から1876(明治9)年としている。
「それよりも前から商売をしていたと祖父から聞いたことがあるんですけど、店に資料が残っていないんです」。5代目店主の澤谷佳一郎さん(47)が語る。
神戸市史などによると、1945年3月17日と6月5日の空襲で、市内では死者6235人、負傷者1万5331人が出た。建物約12万8000戸が全焼。元町商店街にも焼夷(しょうい)弾や爆弾が降り注ぎ、壊滅的な被害を受けた。
文具サワタニの店舗にも火の手が回った。親族に犠牲が出たかは不明だが、保管していた発注書や納品書が焼け、戦前のことが分かる記録はほぼなくなった。
その歴史をたどろうと試みたのが、澤谷さんの長女で関西学院大高等部1年、歩実さん(15)だ。中学3年だった2023年の文化祭で、所属する図書部で出し物を企画したのがきっかけだった。
文房具をテーマに、部員がさまざまな文具の種類やそれにまつわる歴史を掘り下げ、発表することに。歩実さんは150年近く続く家業を詳しく調べることにした。
実は、大手電機メーカー「パイオニア」創業者で実業家の松本望氏がかつて文具サワタニで働いていたとの逸話を、佳一郎さんが代々聞かされていたという。
歩実さんはこれを受けて松本氏の自伝を読むと、1919年の14歳春、関西学院を中退し、サワタニ文具店に丁稚(でっち)奉公したことが分かった。松本氏が従業員だった頃の写真もあり、着用する法被の襟字には屋号を示す「ゑびら」が記されていた。
この屋号は市商工名鑑にも記録されていた。顧問の助言で市立中央図書館に通い、商工名鑑8冊のページをめくると、27~35年の屋号が「ゑびら」だと裏付けられた。当時の店主は、高祖父にあたる多吉さん。それより以前の11年は、屋号は不明なものの多吉さんの父傳吉さんが店主を務めていることも分かった。
さらに、昭和初期以前の記録として唯一手元に残るはがきを顧問が解読すると、兵庫区の取引先で、墨や筆を扱う「矢倉堂」が送り主だったことも明らかに。「筆を急いで店頭に並べたいのでお持ちいただきたいです」と記されており、消印は「明治15(1882)年6月23日」だった。
11月の文化祭に合わせて、歩実さんは家業と商店街の歴史、記録や戸籍謄本を基に作成した家系図などを模造紙5枚にまとめ、図書館に展示した。会場を当時の店構えに再現すると、来場した祖父の正一さんは「こんなんよお作ったな」と懐かしんでいた。
その約1カ月後、正一さんは76歳で他界した。遺品を整理したら、さらに分かることがあるかもしれないが、定休日が月2回と多忙の佳一郎さんは「なかなか手が回っていなかったので、とても助かった。いろんなピースが埋まって店の歴史をたどることができ、これからも店を続ける意味ができて改めて頑張ろうと思った」と喜ぶ。
一方、歩実さんは商売を続ける難しさも感じた。調査の一環で「矢倉堂」があったとされる兵庫区島上町に向かうと、5年ほど前に後継者がいないことを理由に閉店したと、地元の人から聞いた。
「新しい発見や思っていた以上に歴史が深いことが分かった」と充実した表情を浮かべる歩実さん。今回の調査を通じて「自分自身が継いでいきたいという思いが強まった」といい、高校に進学してからは少しずつ店の仕事を手伝うようになった。次の世代が家業、そして地元で慕われ続ける商店街の新たな歴史を紡いでいく。【山本康介】
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