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「熊野」の地が持つ力とは? 宮司らに聞いた魅力 世界遺産20年

毎日新聞 / 2024年7月7日 8時0分

対談した(左から)男成洋三宮司、九鬼家隆宮司、高木亮英住職、上野顕宮司=和歌山県新宮市で2024年5月16日午後4時56分、最上聡撮影

 和歌山、奈良、三重の3県にまたがる世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」は7日、登録から20年を迎える。人の営みと自然が織りなす「文化的景観」が主役の遺産。節目に当たり、熊野地域の遺産を構成する熊野本宮大社(和歌山県田辺市)の九鬼家隆、熊野速玉大社(同県新宮市)の上野顕、熊野那智大社(同県那智勝浦町)の男成洋三の3宮司、青岸渡寺(同)の高木亮英住職が一堂に会し、登録の意義や今後、熊野の持つ魅力などについて語り合った。【聞き手・最上聡】

 ――20年を振り返っての思いを。

 九鬼 登録時は熊野の素晴らしさを改めて発信し、奥深さを知ってもらう大きな看板を預かった思いでいました。登録後は海外から多くの人が参詣道を歩くようになり、遺産のグローバルな意味を感じました。これまでの節目の周年と違い、20年はいわば「成人式」。国内外に向け、熊野信仰の「よみがえり・再生」の意味を、三山それぞれ培ったもので分かりやすく表現できればと思っています。

 上野 今から二十数年前、登録に向けて調査、準備をしている際、耳にしたのは経済効果の話が主でした。しかし、遺産は保全することに第一義があります。2011年4月、遺産の森林の一部が無断で伐採されるという苦い経験、その半年後には紀伊半島豪雨というあらがえない災害もありましたが、それでも立ち上がって伝えていかねばとの思いがありました。参拝者が増え、熊野信仰を理解いただいていると思う一方、それまで神社でできていた説明が行き届かなくなってしまったところもあり、申し訳ないと思います。外国の方が時間にとらわれず旅を楽しみ、御朱印まで集められているのをみると、我々が学ばせてもらっているところもあります。

 男成 登録時は宮司就任前で東京にいて正直、あまり心に残っていることはありませんでした。8年前に赴任しましたが、東京や大阪から遠い地にありながら、訪日客の多さには驚きました。滝を神としておまつりしている那智大社ですが、紀伊山地の自然があってこそ生まれ、歴史的に根付いてきた信仰です。文化的景観について理解し、いかに守っていくかが課題と感じています。

 高木 寺から本宮大社までを行く、山での修行を始めて40年近くたちます。初めは数人でやっていたものが登録時、200人ほどが押しかけて驚いたのが思い出されます。熊野で生まれ育ったがため、かえって登録を契機にその偉大さを再認識しました。

 ――熊野という地の持つ力とは。

 高木 神道、仏教だけでない、さまざまな宗教が重なり合って形成されているのが熊野信仰。寺も那智大社と軒を接してきました。宗教は人々の幸せを祈るものですが、世界を見ると宗教に根ざした争いもあります。熊野の寛容の精神、認め合い、受け入れていくありようを知ってもらいたいです。

 男成 那智山の隣り合った神社、寺ですが、訪れる方々は分け隔てなく、お参りされているかと思います。世界は多様性を認め合うという方向に進んでいますが、元来から熊野は身分や性別に関わらず、来る者を拒まず救いを与えるという懐の深い地です。それが平和につながるのかと思っています。

 上野 辺鄙(へんぴ)な陸の孤島と言われるところに、命の保証のない時代から、難行苦行をいとわずに人々が詣でて聖地となりました。一朝一夕ではなく遺産登録、インバウンドなどと言われる前から熊野の信仰はSDGs(持続可能な開発目標)で、信仰という精神文化としてつながってきました。喜びの質は時代とともに変わっていきますが、変わらない「自然の気高さ」があるから熊野は日本のみならず世界から人々を引きつけるのでしょう。遺産を大事に思い、守っていこうとする人々の心のつながりこそが価値になると思います。

 九鬼 熊野は1社だけでなく、三山をお参りすることで過去・現世・未来の安寧を得る意味があることを改めて知ってもらえたら。信仰という言葉が、特に若い人に伝わりにくく、違う表現をしていくことが大事かもしれません。遺産の根底にあるのは平和。互いの国、言葉、宗教が違っても認め合うことの大切さを示す熊野の意味合いを20年を機に分かっていただけたらと思います。

「世界遺産の保全に関心持って」

 ――20年に際しての取り組みを。

 上野 本宮大社は創建から2050年、那智大社は1700年を経て、速玉大社は2028(令和10)年に1900年を迎えます。台風、地震と災害の多い熊野で、速玉大社には奇跡的にも国宝が1000点近くも残ってきました。それぞれの時代に苦労しながら守り伝えてきた人々がいるわけです。中でも、伝わってきた国宝の御神像4体のレプリカを今、高校生とともに造り上げる取り組みが進められています。子どもたちを含め、多くの人々が事業にかかわることで、文化財保護の意識が伝わっていけばと思います。熊野の素晴らしさだけでなく、なぜ世界遺産を守らねばならないのか。その意義について、7月27日の夜には登録20年を記念して「世界遺産を守る子どもサミット」という催しを企画していて、世界遺産を通して人も思いをつなぐ一夜にできればと考えています。

 男成 20年の事業は青岸渡寺との共催として、10月には滝前での新作能「神武」の奉納などを予定しています。

 高木 神仏一体、お寺だけ、神社だけではありません。

 九鬼 本宮大社の旧社地、大斎原(おおゆのはら)で劇を上演するという、奉納行事を始めて行ったのは新宮市出身の作家、中上健次さんでした。登録の7日、長女の作家、中上紀さんに父への思いや次代につなぐ思いなどを語っていただきます。その他、小栗判官と照手姫の劇上演なども予定しています。

 ――遺産を守り伝えるための課題とは。

 九鬼 今年、能登半島地震が発生したところですが天変地異、自然の驚異は紀伊半島にも何度も訪れました。本宮大社が明治の水害(1889年)で現在地に遷座したことには、地域の方々の尽力、当時の短期間での決断に驚かされます。13年前の豪雨もありましたが、自然災害も含め、過去を教訓に遺産に何かあったときに判断、実行できる仕組みづくりを考えていかなければと思っています。

 男成 豪雨災害の爪痕から、今も工事をしている箇所があるような厳しい場所に那智山もあります。備えは大事ですし、熊野古道もまた、昔の通りでない状況になっているところもあります。世界各地の遺産の映像を見ますが、価値が損なわれ、危機に陥ることがあっては大変。観光を盛んにする意味でも遺産の保全に関心を持っていただくことが大事です。

 高木 熊野は貴族や武士など身分、性別も問わず、神仏の前では全ての人が平等という考えで人を受け入れ、今は世界からも多くの人を迎え入れている。過去、現在だけでなく、未来にかけてもこの信仰の形を続けることが、熊野の大自然を守ることにもつながると思います。

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