どぶろく文化を次世代に 5人の「おかあさん」の挑戦 高知・三原村
毎日新聞 / 2024年7月12日 6時0分
高知県西南部の幡多地域に位置する三原村。山に囲まれた標高120メートルの台地に田んぼや畑が広がり、寒暖差と美しい水が育む米どころとして知られている。おいしい米を生かそうと「どぶろく特区」の認定を受けてから20年目になった。後継者不足に対応するため、5軒の農家が各自で手掛けていたどぶろくづくりを2023年10月から工場での共同生産に変更。村に根付いたどぶろく文化を次世代につなぐ新たな挑戦が始まっている。
「何もなかった三原村に農家食堂や農家民宿ができた。どぶろくのおかげで外から遊びに来てくれる人が増えたんです」。どぶろく農家で作る「土佐三原どぶろく合同会社」代表社員の東久美さん(62)は振り返る。どぶろく特区になるためには、①自分で作った米を使うこと②農家民宿か農家食堂を営んでいること――という二つの条件を満たす必要があったからだ。
どぶろくは蒸した米と米こうじ、水を混ぜて発酵させるだけで完成する。かつては農家などで広くつくられていた。地域の特性に応じて規制を緩和する構造改革特区のひとつとして「どぶろく特区」が03年に始まり、三原村も手を挙げることになった。04年に認可され、05年に3軒の農家の「おかあさん」がどぶろくづくりを開始。16年には瓶などの資材を共同購入したり、酒販店などに共同配送するための合同会社を設立した。
どぶろく農家は最大7軒まで増えたが、高齢化やコロナ禍などで5軒に減少。各農家に跡継ぎのめどはなく、「みんな年を取っていくし、このままではどぶろく文化がなくなってしまって寂しいね。みんなで一緒につくれたらいいね」という思いが高まった。商工会の助けを借り、国の補助金を利用して合同会社で工場を建設し、共同生産することを決断した。
補助金を含めて3000万円近くを投資して23年1月、工場が完成。同年6月末に製造許可が下り、レシピを持ち寄って共同生産する甘口と辛口の2種類のどぶろくを完成させた。発売予定の10月が迫っても最後まで決まらなかったのが新しい銘柄だった。「このこの名前、どうしたらいいかね?」。「『このこ』でいいんじゃない。みんなで育てたどぶろくだし、親しみやすい名前だし」。甘口を「このこ」、辛口を「あのこ」(いずれも500ミリリットル・税込み2090円)にすることが決まった瞬間だった。24年2月末には三原村の米から作ったこうじを使ったオール地元産のプレミアムどぶろく「みはらのこ」(500ミリリットル・税込み2420円)を発売した。
とはいえ、課題は山積みだ。当面の販売目標は年間6000リットル(1万2000本)。ウェブで通信販売するほか、県内外で販路を開拓する必要があるものの、営業のノウハウはなく、「無我夢中でただ走っているような状態」(東さん)。ただ、うれしい成果もあった。つてを便りに売り込んだところ、阪神間を拠点にする高級スーパー「いかりスーパーマーケット」が4月から取り扱ってくれるようになったのだ。数量をさばくため、今後は酒販卸に力を入れて営業していく考えだ。
工場建設で抱えた借金も重くのしかかる。瓶などの資材も高騰しており、経営が軌道に乗るまで収支を合わせるには人件費を低く抑えるしかない。どぶろくづくりを継承していくには、社員に食べていけるだけの給料を払える会社にしなければいけないが、現状はほど遠い。
現在、5人の「おかあさん」の平均年齢は71歳で、最高齢は82歳、代表社員の東さんが最年少だ。今年5月、合同会社にフレッシュなメンバーが加わった。どぶろくづくりの後継者になるため、三原村地域おこし協力隊員として、愛知県一宮市から移住してきた五百蔵(いおろい)友紀さん(46)だ。3年前に友人と訪れた三原村で飲んだどぶろくのおいしさに感動。昨年、2週間のインターンを経験し、村の自然の豊かさと「おかあさん」たちの人柄の温かさに触れ、夫と共に移住することを決断した。地域おこし協力隊員として、給料は最長3年間、村から支払われる。
「ゆくゆくは年間2万リットル(4万本)を目指したい。新しい雇用の受け皿になって、三原村を元気にできれば」。リスクを恐れず村のために立ち上がった東さんら5人の「おかあさん」は奮闘を続けている。【前川雅俊】
◇
三原村の人口は2024年6月30日現在で1392人、65歳以上の高齢者が47・5%。人口減少と高齢化が進む過疎の村だ。四国霊場第38番札所の金剛福寺(土佐清水市)から第39番札所の延光寺(宿毛市)への遍路道に当たり、最近、村で宿泊する外国人のお遍路さんも増えている。どぶろくの問い合わせは、土佐三原どぶろく合同会社(0880・46・2681)まで。
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