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ドラマにもなった「日本一の下克上」監督が新たな挑戦 「第2章」へ

毎日新聞 / 2024年7月18日 9時0分

グラウンドの選手に指示を出す白山の東拓司監督=阪神甲子園球場で2018年8月11日、渡部直樹撮影、

 無名の県立校を甲子園に導いた監督が、山あいの小さな高校に転任した。1勝もままならなかった野球部は着実に成長を見せている。再びの大舞台へ、新たな挑戦が始まる。「下克上第2章」はなるか――。

 大台山系の山々に囲まれた自然豊かな三重県大台町に県立昴学園高はある。1995年に創立され、「全国唯一の県立で全寮制の総合学科高等学校」をうたう。町の中心地からは離れ、過疎化も進む山間部の学校に生徒は集まりにくく、廃校すらささやかれたこともあった。

 「コンビニに行くのも車で15分かかるような場所。集中して野球をやるにはもってこいの環境や」と「逆転の発想」で語るのは東拓司監督(46)だ。2023年に着任し、野球部副部長を務めた後、昨秋から指揮を執る。19日には全国高校野球選手権三重大会(県高校野球連盟、朝日新聞社主催)の初戦を控え、練習を見守るまなざしには鋭さが増す。

 東監督はかつて全国的に脚光を浴びたことがある。県内でも決して強豪とはいえない県立白山高を18年夏に甲子園初出場に導いた。当時「日本一の下克上」と呼ばれ、23年秋に放送されたドラマ「下剋(こく)上球児」のモデルにもなった。新たな学校を率いて「下克上を再び」と期待は高まる。

 下地はできつつある。かつては部員が足りず、他部から生徒を「借りた」こともあったが、20年度から県外の生徒も入学できるようになったこともあり、県立校ながら全寮制で野球に集中できる環境は利点として広まり、部員は徐々に増えた。高橋賢前監督(現四日市西高監督)の指導も実り、23年夏には17年ぶりに1勝を挙げた。

 バトンを受け継いだのが東監督だった。かつての教え子でもあった前監督から引き継いだチームは今年の春季県大会で過去最高の3位に入った。1年生29人を迎え、60人超の部員が一丸となって夏の三重大会を初のシード校として臨む。「春の3位で、おなかいっぱいになったんと違うか」と結果に満足しないよう、選手の気持ちを引き締め、さらなる上を目指す。

 かつて全国を驚かせた手腕を新たなチームでも発揮する東監督の横で支えるコーチにも浅からぬ因縁がある。冨山悦敬(よしたか)コーチ(70)は18年夏の三重大会決勝で東監督率いる白山高が甲子園出場を決めた時の対戦相手、松阪商高の監督を務めていた。20年に監督を引退後は、各校で外部コーチを務めていたが、東監督と親交があったことから、昴学園高で指導にあたることになった。

 甲子園を争ったライバルというよりは、ともに公立校の野球部を率いた指導者として切磋琢磨(せっさたくま)し、気心も知れた間柄だった。監督よりも年上の立場から選手の成長を見守り、「わずか1年で野球に対する意識が変わった。子供らは勝つという成功体験によって、自分たちも互角に戦えるという気持ちが生まれた」と目を細める。

 生まれ変わりつつある小さな野球部に、強力なサポートもあった。智弁和歌山高などを率い、歴代2位の甲子園通算68勝を挙げた高嶋仁さん(78)が昴学園高を訪れた。高校野球を代表する「名将」に東監督が教えを請うと、大台町が主催する講演会に合わせて来校。1月に続き、6月にも来校した高嶋さんは第一線から退いたとはいえ選手一人一人に鋭い視線を向け、打撃練習する選手には「腰の位置はここ、バットの出し方はこうや」と身ぶり手ぶりを交えて声を掛けた。

 東監督も高嶋さんの言葉をノートに記していた。日々の練習を見ながら、「選手たちが考えて野球に向き合うようになった」と、名将の指導に教え子たちの変化を感じ取った。

 寮生活の野球部員は朝練に始まり、放課後も日没まで練習する。「勝って勢いをつけたい」と東監督は19日の初戦に向けて気を引き締め、新たな一歩を踏み出す。

地元に支えられ、活力に

 県立昴学園高野球部は地元にも支えられている。人口約8300人と過疎と高齢化が進む大台町で、山あいのグラウンドから響き渡る部員の声とバットの音は住民にとっても活力となっている。

 全国高校野球選手権三重大会初戦を前に9日に大台町役場で行われた壮行会では、大森正信町長らに続き、地元住民による「昴学園野球部を応援する会」の南岩男会長(75)は「精いっぱい応援するので(甲子園目指して)頑張ってください」とエールを送った。

 同会は「若い人が町外から来てくれて、高校野球で町民が元気になっている。少しでも選手を支援したい」と2021年に有志が立ち上げた。現在の会員数は約200人。南さんが2代目会長に就任した昨年には東拓司監督が着任し、期待はより高まっている。

 会員たちは親元を離れて寮生活を送りながら野球に打ち込む部員を多方面で支える。時間があると放課後の練習に足を運び、週末の練習試合に声援を送る。バットやボールなど備品の寄付やグラウンドを整地する「トンボ」や観戦用のベンチを会員が手作りして届けている。

 会員の一人、絵手紙が趣味の中村芳男さん(81)が作る新聞「すばる」も、町民と選手、保護者をつなぐ大切なツールになっている。「全国から昴学園に来てくれる若人に、夢をもらっている。ありがとうと伝えたい」との思いが詰まっているという。

 地元からたくさんのエールを受けて挑む大会。青木大斗主将(3年)は「悔いの無いように戦って、大台町の皆さんの支えに恩返ししたい」と感謝し「全員が力を出し切って絶対に勝ちたい」と決意を語った。【下村恵美】

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