「生き延びて」 軍に追従せず、前橋空襲から住民を守った村議長
毎日新聞 / 2024年7月21日 10時0分
600人近い命が失われた1945年8月5日夜の前橋空襲を後世に伝えようと、前橋市元総社町の小野沢利智さん(86)は19日、旧元総社村議長だった祖父の豊作さんが空襲前日に家族らを集め、生き延びて日本の復興に備えるよう伝えた言葉を記録した文書を市に寄付した。今年度に開館する「前橋空襲と復興資料館(仮称)」に収蔵される。
市の歴史に詳しい群馬地域学研究所の手島仁代表理事によると、地域の指導者が軍部の意向に反して的確な指示を出していたことを伝える資料で、全国的にも貴重。当時、米軍は「前橋よいとこ糸のまち、八月五日は灰のまち」などのビラで事前に空襲を予告し、人々は逃げずに火災を消すよう旧日本軍から命じられていた。しかし、小野沢家には3月に東京の空襲を経験した親戚が疎開し、焼夷(しょうい)弾には水による消火は無力と分かっていたという。
このため、当時81歳だった豊作さんは2、3両日に近隣町村と村内で空襲時の協力や村民の安全確保を確認した上で4日、子供や番頭ら約30人を集め、家族会議を開いた。まずは小作人も含め米を分け、それでおむすびを事前に作り、爆弾の火災からは逃げ、侵攻する米軍には両手を挙げて降伏するよう指示。戦後についても「アメリカにならった人権平等なる社会を作ること。これから日本の大改革が始まると思う」と語り、助け合って復興にあたるよう求めた。文書は長男の林作さんがその場で記録した。
翌5日、実際に92機のB29が飛来し、焼夷弾など約724トンの爆弾を投下。1万1000戸以上、6万人以上が被災した。孫の利智さんは文書を背に畑に避難し、一家は全員が助かったが、爆撃で近所の3軒が燃え、女子学生が死亡した。
豊作さんは49年に逝去し、文書の存在は忘れられていたが、98年末に蔵から発見された。資料館開館を準備してきた手島さんは「豊作さんは権力に追従せず、自ら情報を収集分析して地域社会を守った。これまで光が当たらなかったこうした地域の指導者がいたからこそ、日本は敗戦を乗り越え、復興がかなったと言える」と話す。
資料館は同市南町の市民文化会館にでき、175平方メートルに100点以上を展示する。空襲を心配する小学生の作文や前橋出身の代田秋造さんがニューギニアで戦死するまで妻子を案じて送った100通を超える手紙、戦時中の女性の服装などで、当時の人々の暮らしや考えが伝わる展示を目指す。【田所柳子】
前橋空襲前日の1945年8月4日の小野沢豊作さんの言葉
※一部を省略、句読点は追加
昭和二十年八月四日昼前十時 緊急会議 豊作発議により開会す
一 ビラ読んだか。アメリカ軍、日本国へ上陸せんとす。大戦闘機で爆弾がオチ、家々がモエル。防火用水デハ手のウチドコロナシ。三月の東京等の話だと、ま(っ)黒いケムリでニゲルのがヤット。水をかけてもマタ黒いケムリが出たという。自分の身が大切デアルこと
二 今日米をツイ(テ)イル。オノオノ家(ノ)分、袋ニツメ、米二升麦一升ヤルカラ、それでムスビをつくって、火は明るいうちに米を早くタキつけること。コレハ夜食、朝に食えバ、飲み水はオケカメにいっぱい入れてオクこと
三 ボウクウゴウに年より、子供は入れろよ。若衆は家近所の見張(りを)すルコト
四 各自大事な書物は母屋の外へ持(チ)ダスコト
五 バクダンガオチタラソノママに。けが人、各自で手入ス。
六 もしアメリカが来たら手を上げろ。このように万才だ。ていこうスルナ
七 元総社村職員一同、村関係村会議員廿(二十)八人、振興策に全身全霊をもって取り組むことを一同承知した。アメリカにならった一人一人の人権平等なる社会を作ること。これから日本国の大改革が初(始)まると思う。ワシも八十一才になった。日本の行く末を見守りたい。もう少しだ。小野澤家のため、皆、家のため多いに助け合っていこう。タノム
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