パリ五輪で厳重なテロ警戒が必要な理由 日大・福田充教授に聞く
毎日新聞 / 2024年7月26日 10時0分
26日に開幕するパリ・オリンピック。「平和の祭典」とされる五輪だが、テロへの懸念から厳重な警備下での開催となりそうだ。テロ対策に詳しい日本大危機管理学部の福田充教授も「現地観戦する方は、特に注意が必要だ」と、呼びかけている。いったいなぜなのか。
――五輪はなぜテロの標的になってきたのでしょうか。
◆五輪はまず統治する側のプロパガンダに使われてきた歴史があります。例えばベルリン大会(1936年)。ヒトラーの体制下で開かれ、初めて聖火リレーを実施し「偉大なナチス・ドイツ」が宣伝されました。近年も冬季ソチ大会(2014)の時期には、ロシアによるチェチェンの弾圧が続き、閉会直後にはクリミアの「併合」も起きましたが、結局は冬季五輪がプーチン政権の立場を宣伝する場になりました。
一方で、国家や異なるイデオロギーの政治体制に対抗しようとする側も、自分たちの主義主張を拡散する舞台として、五輪を使ってきました。
西ドイツ(当時)のミュンヘン大会(72年)ではパレスチナの武装勢力が選手村を襲撃しイスラエル選手団の11人を殺害、世界中にパレスチナ問題が伝えられました。また、北京大会(08年)でも開幕前後に独立問題を抱える新疆ウイグル自治区で中国の当局を狙うテロが起き、国際ニュースで報じられました。
五輪は世界最大級のスポーツイベントで普段以上にその結果などが世界中に速報される仕組みが構築されます。テロを防ぐことも開催国・都市の大きな責任となっています。
――パリ五輪でのテロの懸念につながる情勢を教えてください。
◆挙げるとすればロシアによるウクライナ侵攻とイスラエルのガザ地区への侵攻でしょう。ガザ侵攻は、23年10月のパレスチナ側からイスラエルへの越境攻撃に端を発していますが、イスラエルはパレスチナ難民が多く暮らすレバノンなどとも武力衝突が続くなど中東で緊張感が高まっています。
また、フランスの現地警察当局は、01年の米同時多発テロのようなイスラム原理主義者によるテロを最も警戒しているようです。政情の混乱が続くマリなど、旧宗主国であるフランスに対する反発が根強い国もあります。ほかに過激な環境保護などシングルイシュー(単一の問題点)の訴えなどからテロが引き起こされることもあり得るとみています。
――外務省のフランス関係のホームページによると、これまでもテロが国内で相次いできたんですね。
◆パリでは15年1月に風刺週刊紙「シャルリーエブド」本社などの襲撃事件があり、同11月にも同時多発テロで400人以上が死傷しました。その後もテロは散発的に続いています。フランスの警察当局は5月に、パリ五輪中のテロを計画したとして、チェチェン出身の18歳の男を拘束したと発表しています。
集団によるテロは各国がテロ対策を目的とした通信傍受を強化した影響で発覚しやすくなり、以前より起きにくくなっています。さらにフランスはパリ五輪に際して出入国の管理も徹底するようになってもいます。ただ、近年では「ローンオフェンダー」(単独の攻撃者)と呼ばれる一匹オオカミ型の人物がテロを起こすケースが続いていて、フランスを含む各国の警察当局も防ぎ切れていません。
これは日本も同じで、安倍晋三元首相を銃撃した山上徹也被告(殺人罪などで起訴)のようなケースがあります。米国でも先日、共和党のドナルド・トランプ前大統領が銃撃される事件が起きました。
フランス国内は多様な民族の人が集まっていて、移民も多い。そうした人たちが差別や貧困などを背景に孤立し、過激化しやすいと指摘されてきた事情もあります。特定の国際問題に民族的に関連があったり、触発されたりした個人が何かを起こす恐れは拭い去れないでしょう。
また、犯行に政治的な目的がなくても、結果として何かの政治的な効果をもたらした場合も「テロ」に当てはまります。単なる自暴自棄を背景にした、動機に政治性がない事件の発生も懸念されます。
――フランスでは五輪を控えて国内の政治情勢も変化しているようです。国民議会選挙では極右政党とされる「国民連合」が終盤失速したものの議席を伸ばしました。
◆これも治安面では懸念材料の一つとみています。極右とされる政党は欧州各地で力をつけ、フランスでもその度合いが増しています。収入が少なく、移民に仕事を奪われる白人層の支持を主に集めていると報じられたりしています。人道主義、博愛主義など、五輪が掲げるような普遍的な価値に抵抗したい人がいてもおかしくはないでしょう。
フランス国内に仲間がいて、ある程度は社会的に包摂されていると見ることもできるので、孤立を背景にした過激なテロまでには至らないかもしれません。しかし、抗議運動などは起きうる可能性があるのかもしれません。
――テロを防ぐには、どのような対策が必要ですか。
◆フランスにはDGSE(対外治安総局)という情報機関があります。インテリジェンス(情報収集・分析)の能力が高く、集めた情報をもとに、入国管理当局の水際対策や警察活動が行われています。五輪期間中はAI(人工知能)を搭載した監視カメラも街頭で作動するようです。しかし、これらは「対症療法」に過ぎません。
「根本療法」として求められるのは、若者を中心とした孤立化、過激化しがちな人々を社会で包摂することです。例えばフランス国内のモスクでは、イスラム教徒の若者を集め、ともに語り、食事をするといった活動を行っています。
孤立を防ぐことで、事前にテロの芽や危険性を摘むのですね。政府も宗教差別に反対するキャンペーン教育を実施しています。いずれもパリ五輪に向けた動きというよりは、長らく実践されてきた取り組みです。
現地観戦する方は特に、パリでもテロが起きたことは覚えておくべきでしょう。パリ五輪はフランスの社会が孤独な人々の包摂をどこまで進められたのか、試されるイベントでもあるのかもしれません。【聞き手・黒川晋史】
福田充(ふくだ・みつる)
1969年生まれ。東京大大学院博士課程単位取得退学。専門は危機管理学、インテリジェンスなど。米コロンビア大客員研究員、内閣官房のテロ対策に関する委員などを歴任。
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