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本気の物語も消費者に 小麦栽培から商品開発・販売、学生発起人

毎日新聞 / 2024年8月7日 20時18分

 北海道網走市の東京農業大・北海道オホーツクキャンパスの学生らが、6次産業のモデル事業「本気の小麦屋さん」を立ち上げた。小麦の栽培から、それを使った商品開発、販売までを一貫して手がける「本気さ」が売りだ。生産者と消費者との互いのフィードバックで、「農と食」の新しい価値づくりを目指す。「その可能性を生み出すのが、6次産業だと思います」。発起人の同大大学院1年、加藤健人さん(22)のビジョンは明確だ。【聞き手・三枝泰一】

 ――「本気の小麦屋さん」の事業を教えてください。

 ◆学部横断の約10人の学生で設立した有志団体です。オホーツクキャンパスには、北方圏農学科や自然資源経営学科、海洋水産学科のほか、食料や香料、化粧品について学ぶ食香粧(しょっこうしょう)化学科という分野まであります。各学科から集まった仲間が、自分の専門性を生かしています。

 スタートの2022年度はキャンパスにある2アールのほ場で約20キロの小麦を収穫し、パンを商品化しました。昨年度は網走市内のほ場4アールを借りて、収量を約120キロに増やしました。最初の年の収量の低さは倒伏の被害によるものでしたが、2年目は土壌の切り替えで回避できました。また2年目はクッキーとうどんに切り替えました。パンを続けたかったのですが、正直、僕たちには難しかった。酵母という生き物を扱うには、それに適した湿度や温度が肌感覚で分かるくらいの蓄積が要るようです。保全性と流通性に欠けるという課題がパンにはあり、小麦の収量が増えればそれに見合う販路拡大も必要になるという課題も重なりました。

 商品は大学の「収穫祭」や市内商店街のイベントなどで販売しました。商品名は「本気のクッキー」「本気のラングドシャ」「本気のうどん」……。ブースには原料として収穫した小麦を並べ、「私たちが育てた小麦」と大書しました。「ただ買うだけでは始まりません 食べているものの一生を知ってほしい 『おいしい』を畑から作る世界にしたい 私たちは、みんなが畑をのぞくための窓でありたい」。この言葉を刷り込んだフリーペーパーを配りました。

 ――始めた動機は?

 ◆高校時代から、6次産業に興味がありました。6次産業の特徴は、「農業のみ」でも、「食品産業のみ」でもない、この「のみでない」という部分にあると思います。そこには、農と食の有機的連続や連結性があります。

 農業をやりたい、という意思もありましたが、栽培した作物を単に集荷団体に出すだけの生産者にはなりたくなかった。「ものづくり」をする人間として、自分の作物が消費される瞬間を目撃したい、という意識がありました。実際に食べてもらうところまで見届けないと達成感はないし、モチベーションも生まれない。食べてくれる人のために作物を育てる農業こそが、農業の自然な形ではないか、と。消費者が求める商品は何かをまず考え、それにかなう小麦を作る。フィードバックが生まれます。

 北海道の農産物は小麦やテンサイに代表される「原料」のイメージが強いですが、商品加工と販売まで僕たちが手がけなければ、その作物を食べてくれる消費者に直接会うことはできませんよね。6次産業を目指す理由は、そこにあります。

 入学当初はコロナ禍のさなかで活動の足がかりがつかめず、学部3年の春にようやくスタートできましたが、同じ考えを持つ仲間が背中を押してくれました。

 ――「ストーリー」を「価値」と考えていますね。

 ◆6次産業をデザインするうえで、最も重要な要素だと思います。「本気の小麦屋さん」のブランドイメージは「小麦のプロフェッショナル」です。僕たち学生が「栽培から商品販売まで一貫して行っている」というコンセプトと、基底にある考え方そのものであり、それを具象化したのが、ここでいう「本気」という言葉です。この活動のストーリー性が、価値を裏付けています。イベントでの対面販売を販売チャンネルの柱に据えているのは、ストーリーの発信がしやすいからで、ここで、消費者との関係を築きます。「僕らのほ場を見に来てください」と呼びかけ、実際に来てくれれば、今度は消費者が生産現場を「目撃」する番になります。新たな価値観が芽生えるはずです。

 「本気のクッキー」の販売価格は1グラム単位10円で、1・8~6円の大手菓子メーカーの商品よりも高く設定しましたが、買ってくださった方へのアンケートでは、価格が適当であるという回答が7割を超えました。「力強い味がした」というコメントも頂きました。ストーリーが生み出す付加価値であり、買っていただいた方にも幸福感をもたらします。6次産業は、生産ほ場の外で作物の付加価値を向上させるということが分かりました。

 ――「本気の小麦屋さん」が、小規模でも参入しやすく、新たなニーズを生む事業モデルであることは理解できます。東京など大都市の消費者には魅力的なストーリーだと思います。一方で北海道の農業に期待されるのは、大規模で効率的な生産だという側面もあります。

 ◆経営は大規模でも実際の収益はかつかつだ、という現実があります。規模の大小にかかわらず、新たな価値を創造する必要性は変わらないと思います。意外に聞こえるかもしれませんが、パンを買っていただいたこちらの消費者からも、「今までどこの小麦を使っているのかは考えていなかった。皆さんが作っているのだと知り、価値が分かった」という声がありました。

 ――ご自身は大学院に進学されましたが、研究者の道も?

 ◆正直な話をしますと、大学に残ったのは僕たちに続く仲間を学内にもっと増やしたいからでした。

 ――こうした取り組みは学生には浸透していない?

 ◆そうではないのですが、食品加工の許認可取得など一つ一つクリアしなくてはならない条件が多く、ノウハウの引き継ぎが必要です。うれしいことに、今年は後輩たちがサツマイモの6次産業プロジェクトを立ち上げ、ほ場で栽培を始めました。

 ――将来は本格的な営農を?

 ◆ネックはあります。実際の営農では、小麦単作では成り立たず、他の作物との輪作が必要になりますが、僕たちにはそのノウハウはまだありません。可能性として考えているのは、「本気のサツマイモ屋さん」といったような作物ごとの事業者がタッグを組んで輪作を請け負い合うシステムを作ることです。要は仲間づくりです。パンのところでお話ししたように、その道のノウハウを持った人材が要ります。多彩な人材が増えれば、できることも広がります。

かとう・けんと 2002年2月、東京都大田区出身。20年、東京農大生物産業学部北方圏農学科入学。22年、「本気の小麦屋さん」設立。23年、中小企業診断士資格取得。24年から同大大学院生物産業学研究科北方圏農学専攻。

 2024年(第52回)毎日農業記録賞の作文を募集しています。9月4日締め切り。詳細はホームページ(https://www.mainichi.co.jp/event/aw/mainou/guide.html)。

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