「行方不明」と言われた姉 終戦から35年後に聞かされた真実
毎日新聞 / 2024年8月15日 6時1分
終戦から数カ月たった1945年の冬、当時7歳だった松浦儀明さん(87)=大津市=は母・なおさん(故人)と弟と手をつなぎ、東洋レーヨン滋賀工場(現・東レ滋賀事業場、同市園山1)に向かっていた。乗り慣れない電車に揺れた覚えはある。だが、工場は覚えていない。なぜ工場に向かったのか――。そのわけを母から聞かされたのは35年も後だった。【飯塚りりん】
魚雷などを作る軍需工場となっていた東レ滋賀工場に模擬原爆1発が落とされたのは45年7月24日午前7時47分。爆撃は学徒動員の女子生徒も含めて16人の命を奪った。当時、大津高等女学校(現・県立大津高校)に通っていた松浦さんの姉・治子さん(当時16歳)もその1人だった。
あの日の朝、なおさんは電車の往復の切符代を入れた赤色のがま口を治子さんに持たせて送り出した。それが治子さんとの別れとなった。
治子さんは3日たっても帰ってこなかった。東レに問い合わせると「学徒動員の学生は全員近くの山に逃げた」と言われたが見つからない。学校に問い合わせても「行方不明」と言われただけだった。当時は戦意高揚を維持するため、空襲の被害について報道されることはなかった。家族は「治子はどうやら工場の爆撃で亡くなっている」と思いつつも判然としない日々を過ごした。
終戦後すぐに、靴職人だった父・音吉さん(故人)は余った大量の材料を隠していたことで逮捕され、1年9カ月間、刑務所に入れられた。兄は広島県で戦死しており、その間、家族は生活苦に追い込まれ、木の実を食べたり、物乞いをしたりしながら生活していた。松浦さんは栄養が行き届かず、常に黄緑色の鼻水を垂らしていた。一番下の妹は栄養失調で亡くなった。そういった状況だったからか、松浦さんに治子さんの葬儀の記憶はない。「父と母はどれだけ苦しい思いをして子供を育てていたのだろうか」と振り返る。
音吉さんは治子さんの死について語ることのないままこの世を去った。松浦さんが真実を聞かされたのは、なおさんが83歳で亡くなる直前の80年ごろだった。東レの工場の爆撃で亡くなったと国から連絡があったという。そして、工場に行った日のことも聞いた。
45年の冬、東レからなおさんの元に「治子さんが亡くなったから工場に来るように」と電話があり、家族3人で向かった。爆弾が落ちた場所の近くに、なおさんがあの日、治子さんに渡した赤いがま口が落ちていた。変形し、赤いビーズは取れていた。遺体は見つからなかったが、なおさんは治子さんの死を悟ったという。なおさんはがま口を治子さんの墓に入れた。
幼かった松浦さんに治子さんの記憶はほとんどなく、「ご飯やで」と家族に呼び掛ける声だけを覚えている。だが、治子さんの死を知ってからは年を重ねるほどにその最期に思いをはせ、苦しんでいる。「みんなが逃げたのに、なぜ姉は逃げなかったのか。あまりにもひどい亡くなり方をしているのに、情報が少なすぎる」
さらに強いショックを受けた。東レに落とされた爆弾の研究が進むと、長崎県に落とされた原子爆弾の模擬爆弾だったと明らかになった。「何の罪もない人間がどうして上から飛んでくるもので死なないといけないのか」と語気を強め、こう訴えた。
「そうして死んだ子供の死に様を親はどう思ったのか。本当にやるせない」
今もなお、戦争で人が亡くなったことを見聞きすると、自らの人生と照らし合わせずにいられない。「残された家族はどんな悲惨な思いをして生きていくのか。やはり戦争というのは何一ついいことはない」
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