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佐賀マクドナルドと共に 40年間第一線「変化に食らいついた」

毎日新聞 / 2024年8月24日 18時15分

仕事の思い出を語る川原実さん=佐賀市高木瀬町長瀬で2024年8月10日午前11時35分、西脇真一撮影

 外食大手「マクドナルド」が佐賀県内に出店して今年で40年となる。 佐賀1号店のオープンにアルバイトとして関わり、その後、店舗をフランチャイズ経営する「昭和フード」(佐賀市)の社員として第一線に立ち続けた川原実さん(65)=佐賀市若宮=に40年を振り返ってもらった。

 川原さんは福岡県出身。大学生だった1980年に「見栄えも良く楽しそうだ」と、福岡市内の店でアルバイトを始めた。

 腕を上げ、花形ポジションの一つ「グリル」で肉を焼く技術に自信を深めていた頃だった。「唐津に店ができる。ヘルプに行ってほしい」。要請を受け、開店前日の84年10月27日に唐津に入った。

 夜のミーティングで店長が「売り上げは150万円を予定している。皆頑張ってくれ」と力を込めた。

 オープン当日、川原さんは肉を焼く作業に忙殺され、店長はなくなったパンや肉の確保に走った。川原さんによると、この日の売り上げは340万円を記録したという。

 唐津で働く1週間の間に設立間もない同社にスカウトされた。25歳と一番若いが店舗経験は豊富。思い切って大学を中退し、その年の12月に入社した。

 それから再雇用を経て2024年3月、佐賀市内の店を最後に退職するまで店長などとして現場で働いた。技術革新で自慢の腕を振るう機会がなくなるなど「いろんな変化があったが食らいついていった」と川原さん。

 アルバイトも主婦や留学生、シルバー世代へと広がった。皆を束ねるために「締めるところは締めるが、年齢や属性の違いに応じ、学校や家庭の都合、体力などを極力考慮するようにした」と話す。

 接客も含め多くの人と関わるため気苦労は多い。「現場では相手の怒りの原因を素早く捉えて対応することが大事だと感じた。相手の要求が何かを考える習慣をつけると、大抵のことは腹が立たなくなった」と言う。

 今後のことは思案中だが、大学を辞め放り出す形となった語学の勉強にも関心があるという。川原さんは「マクドナルドで働くことは自然な流れだった。与えられた仕事を誠実に最後までやり続ければ、結果は生まれるものだ」とすっきりした様子で話した。

 昭和フードは40周年を記念して、「特別ラッピングバス」1台を運行している。車内には「ビッグマック」などのグッズが置かれ、店内でポテトが揚がった時に聞こえる「ティロリ音」も鳴る。【西脇真一】

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