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「今いる場所から逃げてもいい」元不登校の監督が映画に託した思い

毎日新聞 / 2024年8月26日 17時0分

インタビューに答える武田かりん監督=東京都千代田区で2024年8月2日、宮本明登撮影

 「この世界では、死なないと優しくしてもらえない」

 孤独な少女の言葉から、その映画は始まる。

 26歳の監督は、不登校や引きこもり、心因性失声症など自らの10代に降りかかった体験を物語にした。自ら命を絶とうとする若者が増える夏休み明けに、「いつか笑える日まで、生きていてほしい」と願う。

「死にたい」とつぶやいた夏休み

 「初めて『死にたい』と口にしたのは、中学1年生の夏休みでした」。映画監督の武田かりんさん(26)は、監督・脚本を務めた「ブルーを笑えるその日まで」(2023年12月公開)を撮る動機になった自らの体験について、そう振り返る。

 学校で仲間はずれにされ、声が出なくなってしまった主人公の中学生、安藤絢子(アン)が、学校の屋上で「幽霊」のような少女、佐田愛菜(アイナ)と出会い、心を通わせる――というあらすじ。若手俳優のみずみずしい演技や、どこか懐かしさを感じる美しい映像とともに、少女2人の一夏の友情が描かれる。

 武田さん自身は中学1年生の1学期、突然友達から無視された。何がきっかけだったのかは、今でもわからない。話してくれる同級生が一人、また一人と減っていった。夏休みに入るころにはクラスの女子ほとんど全員から無視されるようになり、背中にボールを投げつけられた。

いじめで不登校に 届いた「贈り物」

 夏休みに入ると「学校に行かなくていいと、すごくほっとした」。ただ、夏の終わりが近づくにつれ苦しくなり、やがて声が出なくなった。病院では心因性の失声症と診断された。

 「助けてくれる大人は周りにいなかった」。担任に相談したが、返ってきた言葉は「負けないで」。「別に勝負をしているわけではないのに」と戸惑った。

 「学校に行きたくない」と両親に伝えたが、校長室に無理やり連れて行かれ、「もう少し頑張ってみよう」と励まされ、絶望を味わった。

 秋に誕生日を迎えると、突如たくさんのプレゼントが家に届いた。「『ごめんね』『○○ちゃんが言ったから無視したんだけど……』などと書かれた手紙もありました」

 手のひらを返したような同級生の謝罪。逆に不信感が募り、中学卒業までほとんど登校できず、自室に引きこもった。

「赤毛のアン」の物語に救われ

 その体験が反映されたシーンが、映画の冒頭だ。クラスで飼っていた金魚が死ぬ。アン以外は世話をしていなかったのに、校庭の墓に手を合わせる同級生の姿に、アンは「ここでは死なないと優しくしてもらえないんだなって、そう思った」と独白する。

 そんなアンに明るい笑顔を向ける、ミステリアスな存在のアイナ。周囲から孤立し、言葉が出なくなった自分を「幽霊みたい」と感じていた武田さんが生み出した、もう一人の主人公だ。

 家に引きこもっていた中学時代、小説「赤毛のアン」や「銀河鉄道の夜」などの物語を読むことが救いだった。映画の登場人物の名前は「赤毛のアン」で深い友情を育む2人の少女、「アン」と「ダイアナ」に由来する。

 武田さんは卒業後、通信制高校へ。「親に無理やり勧められた高校進学だったが、少しずつ前向きになった」。イラストに没頭し、友達もできた。

 美術で映画の一場面を描く課題が与えられたことがきっかけで、「時計じかけのオレンジ」(1971年)などの名作に出合った。映画スタッフを目指し、東京工芸大映像学科に進んだ。

報道の衝撃で書いた脚本

 仲間と映画製作に奔走するなかで、徐々に明るく振る舞えるようになったが、いじめに苦しんだ過去は隠していた。卒業制作の短編で20年に初監督を務めたが「周囲に合わせて猫をかぶり、本当に撮りたいものは撮れなかった」という。

 そんな時、10代後半の死因は自殺が最多だと報道で知り、衝撃を受けた。「亡くなってしまってからニュースとして取り上げられたり、大人たちが問題として動いたりする前に、何かできないか」。つらい記憶が薄れる前に向き合い、10代に寄り添った物語を作ろうと決意し、脚本を書き始めた。

 新型コロナウイルスの影響で企画が止まりかけたこともあったが、プロデューサーらとの出会いもあり、3年越しに初の長編映画「ブルーを――」が完成。23年12月以降、東京都内や関西、札幌、長野など各地のミニシアターで上映された。

 現在はテレビドラマの監督やイラストレーターとしても活動している。7月には都内で小中高生を無料で招待する特別上映会を開いた。自らチラシやSNS(ネット交流サービス)で宣伝すると、不登校の若者が親と一緒に見に来てくれて、手応えを感じたという。

「自分の泳げる世界」きっとある

 実は17歳の頃、自ら命を絶とうとしたことがあった。「今も昔を思い出すと涙が出そうになるし、過去を克服できたわけではない。それでも、最近は弱い自分のままでもいい、自分にしか作れない作品があるかもしれないと考えるようになった」という。

 孤独を抱え「本当の友達」がほしいと渇望しても、現実ではなかなか、物語のような友情には手が届かない。武田さんは「それでも、人じゃなくてもいい。私にとっての絵や物語、映画のような『友達』を見つけてほしい。学校以外の場所で見つけてもいいし、今いる場所から逃げてもいい」とメッセージを送る。

 物語の終盤、アンはアイナの手を取り学校を飛び出す。苦しみの中にいる10代に伝えたい。

 「金魚は海では生きられないみたいに、自分の泳げる世界が今いる場所じゃないっていうだけ。自分のことを分かってくれる、ぴったりの場所がきっとある」【西本紗保美】

 「ブルーを笑えるその日まで」は、8月31日までアップリンク吉祥寺(東京都武蔵野市)で再上映している。詳細はホームページ(https://joji.uplink.co.jp/)で確認できる。

相談窓口

・24時間子供SOSダイヤル

 いじめやその他の悩みについて、子どもや保護者などからの相談を受け付けています。原則として電話をかけた所在地の教育委員会の相談機関につながります。

 0120・0・78310=年中無休、24時間。

・子どもの人権110番

 「いじめに遭っている」「家の人に嫌なことをされる」など、先生や親には話しにくい相談に法務局の職員や人権擁護委員が応じます。

 0120・007・110=平日の午前8時半~午後5時15分

・まもろうよ こころ(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/soudan/sns/)

 さまざまな悩みについて、LINEやチャットで相談を受けている団体を紹介する厚生労働省のサイトです。年齢や性別を問わず、自分に合った団体を探せます。

・こころの悩みSOS(https://mainichi.jp/shakai/sos/)

 悩みを抱えた当事者や支援者への情報のほか、相談機関を紹介した毎日新聞の特設ページです。

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