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「時」はそれぞれ 40代で大学、60代デビューの作家が送るエール

毎日新聞 / 2024年9月1日 13時0分

作家の桐衣朝子さん=福岡市内で2024年7月26日午後2時14分、矢頭智剛撮影

 「人生を書いてみたら面白いのでは」。そんな編集者の提案をきっかけに、福岡市在住の作家、桐衣(きりえ)朝子さん(73)が4作目の小説「赤パンラプソディ」(小学館)を今夏、出版した。個性豊かな家族の日常を描いた笑いあり涙ありの物語は、61歳で作家デビューした自身の紆余(うよ)曲折の人生をほうふつとさせる。46歳で大学、52歳で大学院に進学。学びと出会いで広がりを得て「今も青春」と語る桐衣さんの半生に迫った。

 7月に出た新刊「赤パン」の主人公は還暦を迎えた女性作家。その夫、漫画家をしている2人の娘、そして愛猫が登場する。現実での桐衣さんの家族構成も全く同じで、娘2人は姉妹漫画家「キリエ」として活動し、救急救命士の男性を主人公に描いた「4分間のマリーゴールド」(小学館)などを制作。この作品はテレビドラマ化され、小説版は桐衣さんが手がけた。

 となれば、「赤パン」は自伝的小説なのだろうと思いきや、桐衣さんは「実際に起きたエピソードを少々ちりばめたフィクション」ときっぱり。「面白い話をつなげれば、シリアスなことも笑いに変えられるかもしれないと思った。とにかく(読んだ人に)笑ってもらいたかった」とちゃめっ気を見せた。

 「老い」のイメージを「ある程度の年齢になるまではファンタジーな感じだった」と表現する桐衣さん。それを今、「60代の作家」を主人公に据えて描いたのは理由がある。「せっかく自分が年を重ねたのだから、後に続く若い方の参考になればと思った。『還暦になったってものすごく楽しいんだからね。年をとることを恐れないで』と。青春ってずっと続きます」

 桐衣さんは1951年に大阪府で生まれた。父の仕事の関係で全国各地に移り住んだ。高校生の時、大学進学を希望していたものの、家庭の経済的な事情で断念。高校卒業後、歯科衛生士の専門学校を出て、歯科医院などで働いた。だが、呼吸器系の病気で療養を余儀なくされた。

 28歳でお見合い結婚し、専業主婦になった。夫は家庭的とはいいがたく、病気がちな娘2人を育てる日々は強い孤独や不安にさいなまれた。

 転機は40代半ばのころ。娘たちにずっと「夢を持ちなさい」と言い続けてきたが、子育ての真っ最中で家に閉じこもりがちな我が身に気づいた。「このままではダメだ。自分の幸せな姿を子どもたちに見せたい」と一念発起。46歳で福岡大の人文学部に入学し、親子ほど年が離れた学生たちに交じって授業を聞き、猛勉強して特待生にも選ばれた。

 さらに52歳で九州大大学院へ進み、生命倫理学と哲学について学びを深め、修士号を取得。修了後は学んだことを仕事に生かそうと模索した。

 ところが2010年、59歳の時に乳がんと診断された。医師からの告知に「死ぬかもしれない」と強いショックや孤独感を覚えるとともに、「私のような人が日本中にいっぱいいるのではと思った。誰かから『大丈夫だよ』と癒やしてくれるような言葉を聞きたかった」と振り返る。ふと湧き起こった思いは、病室で過ごすうちに「書かなくては」という強い意志に変わった。

 そうして書き上げたのが、12年の小学館文庫小説賞を受賞し、翌13年に出版した初の小説「薔薇(ばら)とビスケット」だ。介護士の青年を主人公に平成と戦前の二つの時代が交錯しながら進むストーリーは「愛したことは決して消えない」とのテーマを込めた。

 人生の辛苦や悲哀を独自のタッチで描き、読む人の心をそっと温める桐衣さんの作品。文章を書く上で、40代から大学や大学院で学んだ経験がプラスになったといい、「人生が豊かに広がっていく感じがした。世の中の見方も変わって自信もついた」とほほ笑む。

 「1コマ(にかかる学費)を計算すると無駄に過ごせない」「座っているだけで授業を受けられるのは幸せ」と思えたのも、年を重ねたからこそ。「論文を死ぬほど書いた」という大学院時代は、先生に楽しく読んでもらおうと工夫を凝らしたといい、「サービス精神が旺盛でつい面白い論文を書きたくなった。教授に『小説っぽい』と言われたこともありました」。

 大学院時代に出会った同世代の女性とは今も交流する。桐衣さんは作家に、友人は大学教員に。「あなたが頑張っているから私も頑張る」とお互いに切磋琢磨(せっさたくま)する関係で、まるで青春を生きている。

 旧約聖書にある「コへレトの言葉」の「愛するに時がある。憎むに時がある――」という一節を示しながら、桐衣さんは、60代で作家になった自身の歩みを「ベストの時だったと思う」と胸を張る。学び直しなど、新たな一歩を踏み出したいと考える人に向けて「年齢を障害と思わずに『味方』にして挑戦してほしい」と呼び掛け、こう語った。「全員同じではない、それぞれの『時』がある」【山崎あずさ】

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