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自殺未遂、家族や自身の通院…精神科医、「当事者目線」で論文

毎日新聞 / 2024年9月5日 8時0分

精神科の担当医の診察態度などについて患者と家族に尋ねた調査結果をまとめた冊子を手にする精神科医の夏苅郁子さん=東京都江東区で2024年8月25日午後4時15分、藤沢美由紀撮影

 母が統合失調症で、自身も精神科に通院した経験がある精神科医の夏苅(なつかり)郁子さん(70)。三つの立場を生かし、夏苅さんは、精神医学界で例のない「患者が医師を評価する」調査研究を手がけ、医療の向上を目指している。

 「死にたい、死にたいと思っていた私が、生きることについてお話しできるようになり、本当にうれしく思っています」

 8月末、東京都内での講演で夏苅さんは話した。優しい語り口とは裏腹に、その人生は厳しいものだった。

 主婦だった母親の異変に夏苅さんが気付いたのは10歳の頃。母は家事をしなくなり家の中は掃除されずに荒れた。家に寄りつかない父はたまに帰ると母を殴った。母は幻聴のせいか独り言を言ったり、夜中に近所の家のドアを手に持ったハイヒールでたたいたりした。父は精神科病院に入院させた。

 やがて両親は離婚。家を追われた母を見て「女性は手に職を持たなくては」と、夏苅さんは医師を目指した。猛勉強で医学部入学を果たした。

 一方、父の再婚を受け入れられずに酒やたばこに依存するようになり、摂食障害にも苦しんだ。医学部5年目の時に自殺未遂をし、搬送先の病院に往診に来た大学教授に「あなたのような人は競争の厳しい他の科は無理だ」と救いの手を差し伸べられ、精神科医になった。患者としては精神科に7年間通ったという。

患者家族の漫画家との出会いが機に

 2000年には精神科医の夫とともに静岡県焼津市に有床診療所を開業した。偏見を恐れ、そうした経験は公言せずにいた。だが55歳の時、統合失調症の母のことを作品に描いた漫画家の中村ユキさんとの出会いが転機になった。患者の家族としての体験を伝えようという姿勢に共感し、自らも講演などを通じ公表することにした。

 公にしてから患者家族との交流ができ、精神科医療に対してどう思っているのかが気になった。患者としての自身にとっては、精神科は大量の薬を出され、副作用に苦しんでも医師にそれを訴えることは許されないと感じる場所だった。精神科医療では救われなかったという思いもあり、「何が問題か知りたい」と思った。

 15年にアンケートを郵送とウェブの併用で実施した。患者や家族が精神科の担当医の診察態度やコミュニケーション能力などを評価するという内容は、ほかに例のない内容だ。家族会の口コミを通じて広がった結果、回答の総数は7000を超えた。

 結果は、「目を見て話してくれる」など診察での好ましい態度に関する項目について、患者本人も家族も評価が満足と言える割合が7~8割を占めるなど、一定の評価を得ていることがわかった。

 ただし、回答者の約半数は主治医が4人以上代わっていた。夏苅さんは「調査はあくまで現在の担当医について聞いたもの。主治医を代える度に、一から説明しなければならない。患者側の負担は大きい」と指摘する。

人文系の研究者とともに分析、論文に

 まず選択式の回答について論文にまとめ、18年に精神神経学雑誌に掲載された。自由記述欄についても、人文系の研究者とともに分析した。患者が診察時間や薬物療法に高い関心を持っていることが明らかになった。

 診察時間の長さが重視される背景には、精神科の診療報酬制度では診察時間が5分から29分までは同じ額で、30分以上の診察だとどれだけ時間をかけても加算額が固定されていることが考えられるという。このため、ゆっくり話を聞いてくれないという不満を患者が抱くことがある。夏苅さんは結果を再び論文にまとめた。同誌での掲載は却下されたが、23年に英国の学術誌に掲載された。

 調査実施から9年たつが、「精神科医療を巡る状況は変わっていない」という。調査結果から2冊の冊子を作製し、全国の家族会や大学などに配布した。希望者には郵送しているほか、ホームページ(https://natsukari.jp/)で公表している。

 夏苅さんは3年前には、患者や家族の声を届けたいと日本精神神経学会の代議員に手を挙げ、投票で選ばれた。医師しかなれない役職で、当事者経験を公表している人が当選したのは初めてという。

 「心の病は誰でも人生のどこかで出合う病気。まずは関心を持ってほしいし、当事者や家族の思いを多くの人に知ってもらい、少しでも精神科医療を変えていけたら」【藤沢美由紀】

相談窓口

・#いのちSOS

 「生きることに疲れた」などの思いを専門の相談員が受け止め、一緒に支援策を考えます。

 0120・061・338=フリーダイヤル。月・木、金曜は24時間。火・水・土・日曜は午前6時~翌午前0時

・いのちの電話

 さまざまな困難に直面し、自殺を考えている人のための相談窓口です。研修を受けたボランティアが対応します。

 0570・783・556=ナビダイヤル。午前10時~午後10時。

 0120・783・556=フリーダイヤル。午後4時~同9時。毎月10日は午前8時~11日午前8時、IP電話は03-6634-7830(有料)まで。

・まもろうよ こころ(https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/soudan/sns/

 さまざまな悩みについて、LINEやチャットで相談を受けている団体を紹介する厚生労働省のサイトです。年齢や性別を問わず、自分に合った団体を探せます。

・こころの悩みSOS(https://mainichi.jp/shakai/sos/

 悩みを抱えた当事者や支援者への情報のほか、相談機関を紹介した毎日新聞の特設ページです。

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