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「ネバーギブアップ」忘却恐れ、核廃絶に命を懸けた被爆者の証言の力

毎日新聞 / 2024年10月18日 8時0分

谷口稜曄さんの墓前で、ノーベル平和賞の受賞決定を報告し、手を合わせる日本被団協代表委員の田中重光さん=長崎県時津町で2024年10月13日午前11時2分、吉田航太撮影

 「核のタブーの確立に多大な貢献をした」。ノーベル賞委員会は日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)への平和賞の授賞理由で、被爆者による証言の力をたたえた。核廃絶の道のりはなお険しいが、被爆者が命を懸けて紡いできた言葉に改めて耳を傾けたい。

 日本被団協代表委員の一人、田中重光さん(83)は13日、長崎県時津(とぎつ)町にある墓に静かに手を合わせた。眠っているのは、2017年に88歳で亡くなるまで代表委員を務めた谷口稜曄(すみてる)さん。田中さんはノーベル平和賞の受賞決定を「先輩たちが、苦しく困難な中で運動をされてきた結果だ」と語った。

 谷口さんは16歳の時に長崎の爆心地から約1・8キロで郵便配達中に被爆。背中一面を熱線で焼かれるなど瀕死(ひんし)の重傷を負った。3年7カ月の入院生活のうち1年9カ月をうつぶせで過ごし、痛みと苦しみで「殺してくれ」と叫んだ。皮膚の移植手術を繰り返し、入院時の床ずれで骨まで腐った胸には深くえぐり取られたような痕が残った。肋骨(ろっこつ)の間から心臓が動くのが見えた。

傷付いた体さらけ出し

 「私は忘却を恐れます。忘却は新しい原爆の肯定に流れてしまう」

 谷口さんは10年、米ニューヨークの国連本部で開かれた核拡散防止条約(NPT)再検討会議で演説し、背中が真っ赤に焼けただれた自身の写真を手に、約400人の各国代表らに語りかけた。

 被爆者団体「長崎原爆被災者協議会」(被災協)の副会長として同行していた田中さんは「世界でも堂々と、普段の講話と変わらず淡々と話していた」と振り返る。谷口さんは核兵器禁止条約が17年7月に国連で採択された約2カ月後、息を引き取った。

 1956年の日本被団協結成に関わり、長崎と日本の反核平和運動を長年先導したのが山口仙二さん(13年に82歳で死去)だった。山口さんは爆心地から約1・1キロで被爆し、顔や上半身などに大やけどを負った。82年の国連軍縮特別総会で被爆者として初めて演説した。自らの体に残ったケロイドの写真を掲げ、「ノーモア・ヒロシマ、ノーモア・ナガサキ、ノーモア・ウォー、ノーモア・ヒバクシャ」と叫んだ。田中さんが会長を務める被災協の事務所には、山口さんの写真が飾られている。

3度危篤に

 同じ13日、広島市の平和記念公園。田中さんと同じ日本被団協代表委員で、広島県被団協理事長でもある箕牧智之(みまきとしゆき)さん(82)は原爆慰霊碑の前に立ち、ノーベル平和賞の受賞決定を報告した。抱えた花束には「核廃絶を諦めません」と決意の一文が記されていた。

 「ネバーギブアップ」。それは前の理事長だった坪井直(すなお)さん(21年に96歳で死去)の信条だった。箕牧さんは「坪井さんは皆の精神的支柱だった。陰ながら喜んでくれていると思う」と語った。

 坪井さんは被爆時20歳。広島工業専門学校(現広島大)の3年生で、通学途中に爆心地から約1・2キロにいた。上半身や顔に大やけどを負い、40日以上、生死の境をさまよった。戦後も3度危篤に陥った。

 中学校の教員になった坪井さんは「ピカドン先生」を名乗り、子どもたちに体験を伝え続けた。定年退職後の93年に県被団協事務局次長に就き、00年から日本被団協代表委員、04年からは県被団協理事長を務め、核保有国の米英仏中などでも核廃絶を訴えた。16年5月には現職米大統領として初めて広島を訪問したオバマ氏と原爆慰霊碑前で握手し、言葉も交わした。

道のり険しくても

 重責を引き継いだ箕牧さんも証言活動に力を入れ、23年11月には核兵器禁止条約第2回締約国会議に合わせて渡米した。「坪井さんは『箕牧がんばれよ。ネバーギブアップだよ』と言ってくれていると思う」

 間もなく被爆80年。谷口さんや山口さん、坪井さんのように、傷ついた自らの体をさらけ出して、核兵器の恐ろしさを語る被爆者はほぼいなくなった。ノーベル平和賞の受賞決定は「忘却」への歯止めになるのか。

 「諦めてはいけない」。坪井さんの遺言を引きながら箕牧さんは「道のりは険しくても訴え続ける」と誓う。田中さんは力を込めた。「核抑止力で平和が保たれるはずがない。『核兵器を捨てんといかん』というところまで核保有国を追い詰める」【尾形有菜、岩本一希】

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