「どっちも自分」ホラー漫画の神様、楳図かずおさんが見せた「顔」
毎日新聞 / 2024年11月5日 21時36分
楳図かずおさんの作品の数々を収めた、その名も「こわい本」というシリーズがある(角川ホラー文庫など)。私の手元にある一冊の副題は「顔」。その中の短編「おそれ」に登場する女性は、転倒して顔に大けがをし、人前に出られなくなる。その後、なぜか近所の女子学生が次々に行方不明になり……。主人公はけがをした女性の妹だが、彼女が結末で見せた表情にも、思わずゾッとする。
本の巻末には、楳図さんのこんな話が収められている。「ホラー(漫画)にとってとても大切なのは、顔の表現」。主人公に「キャー! 怖い」と叫ばせるだけでは、第三者(読者)に怖さが伝わらない。どんな表情を描けばストレートに恐怖が伝わるかを考え、漫画を描いてきた――。
楳図さんの作品と言えば「漂流教室」の世界でうごめく謎の生物もおどろおどろしい。一方で、登場人物の表情が緻密に描かれていたからこそ、非現実的で不思議な世界が強固なリアリティーを持ち、読者の心をつかんだ。実際に、楳図さんの絵と聞けば、何かの恐怖におののく女性の表情を連想する人も多いはずだ。
楳図さん本人の「顔」はどうだったか。民放のバラエティー番組では、時にチアリーダーの格好までして出演者を笑わせた。私は昨年春、取材で楳図さんを訪ねた。写真撮影の際、「まことちゃん」のセリフ「グワシ!」のポーズをかたどったパネルを持ち、気さくに応じてくれた。気難しい雰囲気は感じさせず、話の展開も明瞭。「ホラー」な人では、全くなかった。
持論があった。「読む側に努力を強いるような難解な漫画は、違うと思う。読者がハッと気付いたら引きずり込まれている。それこそが『面白い』作品です」。ホラー漫画家の「顔」と、テレビなどで見せる「顔」と。「どっちも自分なんですけどね、間違いなく」。そのギャップに、私たち見る側は自然と引きずり込まれていた。【屋代尚則】
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