芸術通し“考え直す時間”を 奈良市の映画文化支えた団体、活動に幕
毎日新聞 / 2024年12月21日 14時15分
県庁所在地なのに、映画館がない――。そんな奈良市の映画文化を足元から支えてきた自主上映団体が、約28年間の活動に幕を下ろした。単なる上映会にとどまらず、女優の岡田茉莉子さん(91)や翻訳家の戸田奈津子さん(88)らが訪れ講演したことも。その歩みを懐かしみ、解散を惜しむ会員らの声から見えてきたのは「映画を通じて、社会や生き方の何かが変わるはず」という思いだった。
団体は「奈良シネマクラブ」。奈良高専の教員で映画評論家だった田中冨士男さん(2016年に死去)が中心となって1996年に結成した。市内を中心に活動し、洋の東西を問わない数々の名作を会員が自らの手で選び、買い付け、上映してきた。
18日にかけられたのは、2019年の米国アカデミー賞で作品賞を受賞した「グリーンブック」。「最後くらいは豪華な映画を」と、ハリウッドの大作映画を選んだ。会場の学園前ホール(奈良市)には朝早くから多くの会員が詰めかけ、最後の例会を楽しんだ。奈良市の50代女性は「クラブの上映会はいわば『2時間のぜいたく』。自分では選ばないような映画をたくさん見ることは、人生を変えるような体験だった」と感慨深げに話した。
上映した作品は355本。運営委員会や会員のアンケートなどで選んだ。アキ・カウリスマキ監督の「過去のない男」やジャ・ジャンクー監督の「山河ノスタルジア」、ルキノ・ビスコンティ監督の「山猫」など、商業的には話題にならなくとも映画史上の傑作と名高い数々の作品ばかり。事務局長の溝江純さん(57)は「単に消費するのではない、別の価値を持つ作品を選んできた」と語る。
会費は結成当初から解散まで、税込みで月額1000円を維持してきた。映画の鑑賞費用が高騰する中では破格の値段設定で、運営委員から異論が出たこともあったが、「多くの人に長く見続けてもらうことが重要」と値上げしなかった。
しかし、高齢化などから会員数は減少の一途をたどり、他の収入もないことから会計は赤字続きに。運営スタッフも減り続けた。「このままではクラブが立ちゆかなくなる」――そう呼びかけて新たにスタッフを募ったが集まらず、それが決め手となって5月に閉会を決めた。溝江さんは「やれることはやったが、みんな疲れてしまった」と話しつつ、「若い人が入ってくれれば、少しは違ったかも」と肩を落とした。
「映画を毎月一緒に見て、自由に語り合える場」。会員はクラブの存在意義についてそう口をそろえる。商業主義に流れがちな映画館とは違い、映画を通して人間や社会について考え直す時間を大切にした。ミニシアターの草分け的存在として知られざる名作を数多く上映してきた岩波ホール(閉館)の総支配人、高野悦子さん(故人)ら映画関係者の講演会や、映画について語る食事会を上映後に開いたこともあった。
2010年ごろまでは、35ミリフィルムでの上映を続けていた。8ミリや16ミリでの上映が一般的な自主上映では珍しく、岡山県から映写技師を呼んでいたという。フィルム以外での視聴が困難で、ファンの中では「幻の作品」と名高い「サザエさん 七転八起の巻」など、貴重な作品が上映されることも多かった。
13年には、クラブの事務所から正体不明のフィルムが見つかった。専門家に調べてもらうと、1940年に当時の大阪朝日新聞社などが制作した映画「金鵄(きんし)輝く 建国の聖地」と判明。朝日新聞社によると、橿原神宮で行われた紀元二千六百年奉祝紀元節大祭の様子や、俳優の阪東妻三郎が楠木正成を演じる様子などが収められており、貴重な作品という。同作は同社や橿原神宮などがフィルムを修復し、2015年に特別上映された。
溝江さんはこの約28年間を「芸術を通じて社会に何かをもたらしたいという気持ちでやっていた」と振り返る。同時に、「映画を毎月見るという習慣を持つ人がほとんどいなくなってしまった」とも嘆く。どうすれば多くの人に映画に親しんでもらえるか、と問うと、「どうすればいいんですかね……」と言葉少なだった。
それでも、映画への希望は失っていない。「芸術はお金にならないかもしれないが、知らない世界と出会える貴重な体験で、生きていく上で大切なもの」だからだ。クラブ閉会後も、不定期の自主上映会を開く予定だ。
来年の3月21日には大和郡山市のDMG MORI やまと郡山城ホールで、昨年公開された話題作「福田村事件」の上映が決まっている。溝江さんは「会員からリクエストされた作品がまだ残っている。形は変われど、これからも上映会自体は継続していきたい」と力を込める。【田辺泰裕】
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