怒鳴った検事が被告に かつての「指定弁護士」が語る検察への注文
毎日新聞 / 2024年12月28日 7時0分
取り調べで怒鳴り、机をたたいた検事が法廷で裁かれる。裁判所に選ばれた「指定弁護士」が検察官役となり、有罪を求めることになる。向き合うのは公権力。かつてその役目を務めた弁護士にも苦労が伴ったという。検事の裁判で何を望むのか。
2019年12月、取り調べ室に怒声が響いた。「反省しろよ、少しは」「検察なめんなよ」。発言したのは大阪地検特捜部で業務上横領事件の捜査に関わっていた田渕大輔検事(52)。相手を精神的に追い込んだとする特別公務員暴行陵虐の容疑で告発された。
検事は検察の捜査で不起訴処分となったが、裁判所は「付審判」と呼ばれる制度で刑事責任を問うことを決めた。これは公務員の職権乱用に絡み、不起訴に納得できない告訴・告発の当事者が裁判所に裁判を開くよう求めることができる。今後の裁判に向け、3人の弁護士が検察官役に選ばれている。
捜査に非協力的な警察
「一生の大仕事です。緊張と苦労の連続でした」。約40年前の事件で指定弁護士を務めた三上孝孜(たかし)弁護士(79)はその重責を振り返った。
プロ野球・阪神タイガースが初めて日本一になった1985年11月。大阪の繁華街に多くのファンが繰り出していた。大阪府警の巡査は酒の臭いがした少年を曽根崎署に任意同行。少年が正座を拒否したことから「なめてんのか」と叫んで平手打ちし、投げ倒した。
特別公務員暴行陵虐致傷の疑いで告訴された巡査は不起訴になったが、付審判制度で刑事裁判にかけられることが決まった。検察官役を務めたのが、三上氏ともう一人の弁護士だった。
指定弁護士は捜査資料を検察から引き継ぎ、関係者への聞き取りなどの捜査も担うが、選任当初から壁が立ち塞がった。検察は告訴から3年以上たった後に不起訴としており、「捜査を棚上げにし、証拠がほとんどなかった」。
過去に付審判決定が出た22件のうち、有罪が確定したのは9件にとどまる。当時から有罪のハードルは高く、徹底した立証が求められた。
にもかかわらず、目の当たりにしたのは捜査に非協力的な警察の態度だった。現場となった曽根崎署の会議室で事件を再現しようとしても、府警から被害者の立ち会いを拒まれた。再現の写真撮影すら抵抗される。事件の状況をまとめたとされた警察作成の報告は「廃棄した」と言われた。
巡査は無罪を主張したが、大阪地裁は93年、会議室にいた少年の友人の目撃証言をもとに有罪を導いた。「権力をかさに着た許しがたい犯行」。こう批判した判決に三上氏は胸をなで下ろしたという。
「取り調べの適正化を」
2年後、1審の判断は最高裁で確定した。「身内への甘さから不起訴にしてしまう危険性がある。それを被害者らの訴えと裁判所の判断で、公に裁くことができる」。三上氏は付審判制度の意義をこう強調する。
これまで警察官や刑務官が裁かれてきたが、検事は初めて。裁判では取り調べの様子を記録した映像が有力な物証となる見通しだ。「法律家としてあってはならない職務犯罪。取り調べを事後検証する録音・録画の効果が発揮された」。三上氏はこう評価している。
そのうえで動機面の解明も鍵だと説く。なぜ怒鳴る必要があったのか。何かプレッシャーがあったのか。「検察は内部資料の提出などで指定弁護士に協力すべきだ」とも指摘する。
検事の刑事責任を問うと決めた大阪高裁決定(24年8月)は、怒鳴るなどした取り調べについて「検察内部で深刻に受け止めていない」と不信感をあらわにした。今年に入り、東京地検特捜部や和歌山地検の取り調べについても、最高検が「不適正」としたことが明らかになっている。
三上氏は訴える。「検察は不正を自らけん制、抑制できておらず、今こそ襟をただすべきだ。取り調べの適正化に役立つ裁判にしてほしい」【高良駿輔】
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