激震の10時間後に「奇跡の命」 ふるさと能登に重ねる母の夢
毎日新聞 / 2025年1月1日 12時0分
元日の激震から10時間後。大津波警報が発表される中、急造の分娩(ぶんべん)室でこの世に生を受けた「奇跡の命」がある。
「1カ月前に『あっ、立った』とびっくりしたら、その4、5日後には歩き始めて」
暮れも押し迫った12月中旬。東京都内で暮らす山田優美さん(36)は記者の取材に、夫の拓さん(34)と笑みを浮かべた。
2人の視線の先にいたのは、まもなく1歳になる一人娘の深都(みと)ちゃん。にこにこしながらよちよち歩きをしていた。
優美さんは1年前、里帰り出産を望んで実家がある石川県志賀町に帰った。
出産予定日は2024年1月6日。両親や親戚に囲まれ、新年の晴れやかな気持ちで待ち望んだ娘と初めて対面できる――。そう信じて疑わなかった。
あの日は今でも忘れられない。24年元日。実家で祖父や両親、夫らと家族だんらんの時間が流れていた。
時計の針が午後4時を回って間もなくだった。体験したことがない激しい揺れに襲われた。志賀町は能登半島地震で最大震度7を観測した地だ。
断られた119番
家族は全員無事だったが、一緒にいた姉家族は避難所へ向かい、実家に残った優美さんらも今後の判断を迫られていた。
実は地震の少し前からおなかが痛いと感じていた。地震の影響もあったのだろうか。さらにその痛みは増した。
119番で救急搬送を頼んだが、地震に伴う負傷者の対応優先で断られた。
「陣痛がきている」
午後6時半ごろ、優美さんは当初から出産を予定していた同県七尾市の恵寿(けいじゅ)総合病院に自ら電話した。
志賀町と隣り合う七尾市も震度6強の揺れに見舞われ、大津波警報が発表されていた。
病院、異例の受け入れ
優美さんが病院に向かうには自家用車を使うしかないが、移動中に津波に巻き込まれる恐れもある。病院も非常に難しい判断を迫られたが、「とにかく身の安全を守って、来てください」と受け入れてくれた。
優美さんは地元の道路事情に詳しい父親が運転する車に乗り込み、夫に付き添われながら1時間かけて病院にたどり着けた。
ただ、病院も大混乱していた。出産用の手術室がある病棟は天井から水漏れしていた。急きょ分娩室として使うことが決まったのは、別棟の内視鏡室だった。
地震の発生から10時間がたとうとしていた2日午前2時過ぎ。「良かった、良かった。元気、元気だよ」
懸命にサポートしてくれた医師の弾んだ声が耳に入った。
「うれしいのに、さみしい」
間もなく元気な産声も聞こえた。「生まれてきてくれてありがとう」。心からそう思った。
体重は約3100グラム。「周りに自然と都のように人が集まり、その人たちと深くつながりますように」。そんな願いを込めて深都と名付けた。
里帰り出産で帰ってきた時は、海と山に恵まれた自然豊かなふるさとで、春ごろまで育てようと考えていた。しかし、地震がその計画も打ち砕いた。
実家は住める状態だったが断水していたため、病院を退院後、乳飲み子を抱きかかえながら夫とともに東京に戻った。
「子どもが生まれてもちろんうれしかったが、ふるさとを離れなければいけないさみしさもこみ上げてきて複雑だった」
この間、9月の能登豪雨も重なって復興が進まないふるさとの様子に心を痛めてきた。
定まる能登への思い
優美さんは「焼け果てた輪島朝市の現場から中継するニュースをテレビで見るたび、涙がこぼれた」と話す。
そして、ずっと考えてきた。「私が能登のためにできることは何だろう」
笑顔がかわいらしい深都ちゃんは、優美さんと拓さんが驚くほどすくすく育っている。慎重さも兼ね備えたしっかり屋さんで、最近は本を読んでもらうと、「うーっ」と声を出して反応するようにもなった。
自慢の娘の成長を見つめながら、少しずつ被災地への思いが定まってきた。
「ふるさとに助けてもらった娘を大切に育てていくことが、いまできる恩返しかもしれない」
娘に見せたい自慢のふるさと
優美さんは深都ちゃんが物心がついたら、「のとじま水族館」(七尾市)で一緒に遊ぼうと決めている。
自身も幼い頃に両親に何度も連れて行ってもらった思い出の地。地震の影響でシンボルだったジンベエザメが相次いで死んだが、10月から別のジンベエザメの展示が始まった。
能登を育む日本海をはじめ、「自慢のふるさと」を案内したいとも思う。
「夫は転勤族で将来のことはまだ分からないけれど、私は深都を能登でのびのび育てたいなとも考えたりする」
あの日から1年。優美さんたちはこのお正月、実家で最愛の娘の誕生日会を予定している。【洪玟香】
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