ゴールは「移動手段」の先 研究者らが電動車椅子に込めた思い
毎日新聞 / 2025年1月2日 14時0分
先端技術の研究者と障害者が協力して福祉器具などの性能を競う「サイバスロン」と呼ばれる国際競技大会がある。2024年の大会で、日本から出場したチームが革新的で実用化しやすい電動車椅子を製作したとして特別賞を受賞した。「電動車椅子はただの移動手段じゃない。その先がある」と、日本社会での使い勝手の良さを追求した一台という。開発陣が目指す「ゴール」とは、何なのか。
サイバスロンはスイスが発祥。チューリヒ工科大の教授らがロボット工学などの最新技術で障害者の生活を支援しようと提唱し、16年に第1回大会が開かれた。以降は4年に1度開かれ、24年大会が3回目になる。
大会は電動車椅子のほか、義手や義足、目的地までの経路や障害物を示す「視覚支援システム」の性能を競うものなど計8部門がある。それぞれの部門で「パイロット」と呼ばれる障害者が複数の課題に挑戦する。
例えば電動車椅子部門は、らせん階段を上り下りする▽障害物をよけて坂道を下る▽でこぼこの道を進む――といった課題をクリアした数や合計タイムで順位が決まる。
この電動車椅子部門に日本から出場したのが、大阪電気通信大でロボット工学を専門にする鄭聖熹(ジョンソンヒ)教授(50)らのチーム「OECU&R―Techs」だ。教授の研究室に所属する大学生と院生計3人や、鄭教授の知人で医療・介護ロボット開発会社を経営する積山彰さん(51)らが参加。下半身に障害がある小倉俊紀さん(37)がパイロットを務めた。
使い勝手こだわり「コンパクトに」
鄭教授が口を酸っぱくして開発陣に伝えたコンセプトが「できるだけコンパクトに、そして機敏に」だった。
大きなタイヤを使い、さまざまな装置を取り付けて車体が巨大化するのを気にしなければ、課題は比較的クリアしやすくなる。
ただ鄭教授らは、住宅街の路地が狭く、マンションなど集合住宅の室内も手狭な日本での使い勝手を突き詰めたかった。バリアフリーが進んでいるとはいえ、公共機関のエレベーターやトイレも十分なスペースがあるとは言えない。鄭教授は「そうした社会に溶け込んで使える電動車椅子こそが必要だ」と考えた。
どこでも自由自在に動き回れるよう、小回りの良さにこだわった。その場での方向転換が可能で、スムーズに進行できる車輪「オムニホイール」を採用。さらに車輪の内側に走行用ベルト「クローラ」を取り付け、整地されていない場所での移動もできるようにした。
障害者が普段利用する上での配慮も重ねた。座面は高さを30センチほど調整できるようにし、前後に傾斜を付けることも可能にした。
デスクワークやキッチンでの調理など日常生活のさまざまな場面に応じ、高さを変えられた方がストレスなく作業を進められると思ったからだ。傾斜を変更できるようにしたのも、下り坂で下半身のふんばりがきかずに前のめりになってしまうという、当事者の不安を知ったからだった。
開発陣にさまざまな助言をしてきたのが、パイロットの小倉さんだ。20代の頃に当時の職場で作業事故に遭い、歩けなくなった。普段は手動の車椅子を使っているが「手動は移動範囲が限られ、行きたいという気持ちを我慢することもある。今大会の車体は乗り心地に改善の余地はあるが、いろいろな場所に行ける可能性は広がった」と手応えを口にする。
完成した車体は幅と高さが約80センチ、重さ約80キロで、ほかの海外チームと比べると一回り小さい。ただ、一般に販売されているものより2倍ほど重いという。
チームのメンバーの積山さんも、脳卒中になった父親が車椅子を使っていた。その経験を振り返り、「さらに小型化を進め、日本社会の中で何の抵抗もなく利用できようなものにしたい」と意気込む。大学4年の弓指(ゆみさし)咲英(さえ)さん(22)は「自分たちの研究で、よりフラットな社会を実現できればいい」と話した。
電動車椅子部門に出場したカナダやスイスなど4カ国の中で、鄭教授らのチームは3位だった。しかし、今大会から創設された、最も革新的で実用化しやすい車体に贈られる特別賞「ジュリー賞」を獲得した。
電動車椅子「ただの移動手段じゃない」
鄭教授は「レースの内容だけでなく、実用性も認めてもらえた」と満足げだ。足の不自由な人たちにとって、その代わりとなる電動車椅子。しかし鄭教授は、車椅子をただの移動手段とは見ていない。
「使う人にとって、移動の先には日常生活がある。その生活の中で、何の不便も感じない車体こそ必要だ」。そう言葉に力を込め、28年に予定される次回大会に向けて更なる性能アップを目指している。【小坂春乃】
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