1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 社会

輪島に誰もが集まれる場所を 記者が訪ねた「復興酒場」の夜

毎日新聞 / 2024年12月30日 15時30分

復興酒場の店長の松下直子さん(53)=石川県輪島市で2024年12月23日午後7時53分、戸田栄撮影

 元日の能登半島地震で始まった激震の2024年が終わろうとしています。能登の1年を中心に全力で報道してきました。読者のみなさん、ご愛読ありがとうございました。

 先週月曜は石川県輪島市へ取材に行き、1泊しました。朝は雪が降り、夕暮れは冷たい雨まじりの風が吹いていました。宿に荷物を置き、もう真っ暗な午後6時前から市街地を2時間ほど歩きました。夜でこそ知れることもあるはずです。

 民家の何軒かから明かりが窓外へもれています。圧倒的に暗いだけの家が多いのですが、自宅に住める人が戻ってきたようです。そうした家に中高生が「ただいま」と言い、入っていきました。日常が戻り始めたと感じました。やがて私もおなかが減り、食事のできる店を同市の観光デジタルマップで探し、店名に興味を持った「復興酒場」へ行ってみました。

 「とことこ」という初めて聞く名前の料理がメニューにあります。店員の女性に尋ねると、「輪島でも輪島崎町の者しか知らんかもね。漁師が船の上で食べる鍋料理やわ。甘辛いしょうゆ味で、サバが入っとるんよ」。そんなやりとりの中で、店の女性の多くは同町の人で、なかには海女さんもいるとわかりました。

 しばらくして、店長の松下直子さん(53)が来て、「私が海女しとるんよ」と。海女歴は約30年。海女さんが多い同市海士町の出身ながら、輪島崎町へ嫁いだから、流儀の異なる両町の海女のことがわかるといいます。内容たっぷりに聞いたのですが、海に生きる海女でも「潜るのは怖くて、心を安定させるのに苦労しとる人が多い」という話は印象に残りました。

 「年に1度は死ぬ思いをする」とも。海中で足ヒレが海藻や岩の間に挟まったり、漁で使う浮輪のロープが体に巻き付いたりすることがあるそうです。こうした体験が蓄積され、海への恐怖感が抜きがたいものになると聞き、驚きました。

 元日の地震後、海女の素潜り漁は休止中ですが、海の今後については「地震による海底隆起以上に、9月の豪雨の影響が心配だ」と。輪島崎町の海女は、同市沿岸で潜るのですが、豪雨で流れ出た汚泥などが岩に付着して貝や海藻の生育に深刻な影響を及ぼしているそうです。「冬の日本海が頼り。激しい波で海の中を洗濯機の中みたいにかき回し、きれいな海底に戻してほしい」と話しました。日本海の荒波には海の浄化作用があると知りました。

 もっと聞こうと思っていたら、「しばらく1人で飲んでいて。店の明かりも暗くするけど許してね」と。店の女性がケーキを運んだり、トナカイやサンタの着ぐるみを身につけたりして店奥のテーブル席へ向かいます。客の歓声も聞こえ、「クリスマスイブの前日だからか」と思いました。

 店長が戻ってきて、私が「被災地のクリスマス気分を味わえました」と言うと、「そうじゃないの。あちらは誕生会よ」。着ぐるみはクリスマス用のものを代用しただけでした。そして、誕生日を祝ってもらっていた70代の男性は、元日に娘を亡くした女性の父親だといいます。

 「誕生日を迎えての本当の気持ちはわからん。複雑かもしれん。でも、明日もがんばってやっていかなきゃならないのは、私らも同じ。まずは楽しく祝ってね」と店長が言います。そして、店を始めた思いを話してくれました。

 「お金のためじゃない。店の女性たちは昼間にフルタイムで働いているから、そんなに困っていない。私も復旧工事の現場で警備員をしとる。被災した人間のために、みんなが何かしたかった。それで誰もが集まれる場所を作ろうという話になったのよ。だから、『復興酒場』なの」

 被災者の心を被災者があたたかく包もうとする輪島の夜……。私は感動してしまいました。【金沢支局長 戸田栄】

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください