「わがまちに世界遺産を」 “暫定リスト”08年以来見直しに沸く地方
毎日新聞 / 2025年1月2日 13時0分
世界文化遺産の候補に地域が誇る史跡や景観などを加えようと、自治体のアピール活動が熱を帯びている。世界遺産の推薦候補として事前に作成が求められる暫定一覧表(リスト)の、2008年以来となる見直しを国が進めているためだ。見直しの規模や公表時期は明らかにされていないが、地域の期待は膨らむ。
“阿蘇”推す熊本県「不退転の決意」
「世界に誇る阿蘇の文化的景観を後世に伝える取り組みを加速するため、早期の暫定一覧表入りが極めて大事だ」。火山の大噴火後に一帯が陥没してできた世界最大級の「カルデラ」に約6万人が暮らす熊本県東部の阿蘇地域。この地を世界遺産に推す木村敬知事は24年11月、東京で開催したシンポジウムで訴えた。
県などがアピールするのは、カルデラ内で暮らす人々によって1000年以上かけて作られ、維持されてきた広大な草原の風景だ。
火山灰の痩せた土壌に、人々はカルデラを取り囲む「外輪山」で草を育てて牛馬を放牧し、カルデラ内の田んぼにきゅう肥を入れて農耕を拡大させてきた。こうした人の手が入らなければ一帯は森林になっていたといい、象徴ともいえる広大な草地などを含む雄大な景色は「文化的景観」として、世界遺産の要件として求められる「顕著な普遍的価値」があると訴える。
一方、人の手が入らなくなって草原の面積が縮小したり、メガソーラーが建設されたりするなど、景観の保全は喫緊の課題だ。県は10月に県庁内に阿蘇草原再生・世界遺産推進課を新設。県幹部は「阿蘇の草原再生を守るために、リスト入りは何としても果たさなければならない。不退転の決意だ」と力を込める。
県が取り組みを強化する背景に、文化庁が4月にワーキンググループを設置し、暫定リスト見直し作業を本格化させていることがある。国内の世界遺産候補を事前に国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)に届け出る決まりがあり、世界遺産に推薦されるには暫定リスト入りが前提となる。
過去の暫定リスト資産はほぼ世界遺産に
見直しが最後にあったのは08年。全国から候補を募り、提案があった32件から「金と銀の島、佐渡」(新潟県)、「九州・山口の近代化産業遺産群」(山口、福岡県など)など5件の追加が決まった。
阿蘇は暫定リスト入りの次点ともいえる「カテゴリー1a」に、「天橋立」(京都府)▽「錦帯橋と岩国の町割」(山口県)▽「四国八十八箇所霊場と遍路道」(徳島、高知、愛媛、香川県)――など4件とともに選出。だが、その後は「リスト記載資産の世界遺産登録の準備を進める」として、見直しがないまま月日が過ぎた。
この間、暫定リスト掲載資産の多くは世界遺産に登録され、既に登録されている世界遺産の構成範囲を広げる「拡張」を除くと、リストに残るのは「古都鎌倉の寺院・寺社ほか」(神奈川県)▽「彦根城」(滋賀県)▽「飛鳥・藤原の宮都とその関連資産群」(奈良県)――の3件のみだ。
このうち鎌倉と彦根城は国内で初めて暫定リストが作られた1992年から掲載されるものの世界遺産登録に至っておらず、戦略見直しを求める声も上がる。
国は今回の見直しでは公募はせず、過去に提案されたものなどを検討の俎上(そじょう)に載せているとみられる。見直しに関する詳細は伏せられているが、世界遺産への道が開かれれば、資産の保全や観光需要の高まりにつながる期待もあり、自治体や地域はアピールに余念がない。
官民でアピールに熱
国指定の名勝の木造橋「錦帯橋」がある山口県の村岡嗣政知事は24年11月の記者会見でリスト見直しに触れ「このタイミングでしっかり打ち込んでいく」と強調。直後には地元・岩国市長と文部科学相を訪ねたり、京都市の文化庁を訪問したりしてトップセールスに励む。
地域を挙げた取り組みもある。弘法大師ゆかりの霊所88カ所を巡る「四国遍路」の世界遺産登録を目指すNPO法人「遍路とおもてなしのネットワーク」(高松市)は、市民らに遍路道を歩いてもらい危険箇所や案内設備の整備状況を見てもらうイベントを25年2月に計画。10回目の今回は1万人の参加を目指す。
半井真司理事長(JR四国相談役)は「地域コミュニティーを盛り上げることが重要。世界遺産になることで地元の方々に1200年の歴史がある四国遍路の価値を再認識してもらい、後世に残そうという思いを共有できれば」と話す。
ただ、仮に暫定リストに入っても世界遺産登録までの道のりは長い。管内に有力な資産がある自治体担当者は「リストに入ったとしても世界遺産の登録に向けて結果が出なければ、活動のやめ時も難しくなり地域の負担になりかねない。その辺はワーキンググループも慎重に考えているはずで、過度に期待しないようにしている」と慎重さものぞかせた。【野呂賢治、山口桂子、吉住遊】
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