日本人と中国人、対立もないけど交流もない 芝園団地の奇妙な静けさ
毎日新聞 / 2025年1月8日 5時0分
かつて鉄の溶解炉・キューポラが立ち並ぶ鋳物の街として知られ、吉永小百合さんが主演して大ヒットした映画「キューポラのある街」(1962年公開)の舞台となった埼玉県川口市。近年では外国人の多い町として紹介されることが多くなった。
2000年当時、人口46万6242人のうち外国人は1万356人だったが、24年は60万7279人のうち4万4441人。そのうち中国人は2万4567人で55%を占める。
そうした中国人が最も集住しているのが「チャイナ団地」とも言われる芝園団地だ。ここでは日本人よりも、中国人を含む外国人のほうが多い。日本人は彼らの存在をどう思っているのか。
「不信感はあります。特に不法投棄の問題はひどいと思います」。5年前から暮らしている会社員の男性(50)は言った。
粗大ゴミなどの不法投棄は、芝園団地内でたびたび浮上する問題だ。それらがすべて中国人によるものとは限らないものの、団地内で中国人が批判される根拠の一つとなっている。
そうした状況を受け、都市再生機構(UR)はゴミ出しルールを記した中国語の冊子を配ったり、監視カメラを設置したりして対策を進める。
「以前に比べれば、だいぶ改善している」(芝園団地自治会)というが、男性は「完全になくなったわけではない」と話す。「中国人がやっているか分からないけど、この団地に(不法投棄をする人を)招いている住人がいるはずです」と今も疑いの目を向ける。
ただ、男性はこれまで中国人と具体的にトラブルになったことはないという。「そもそも接点がない。あまり関係を持ちたくないです」
では彼の言う「不信感」はどこからくるのか。
「団地の広場に行ったら分かりますよ。ひなたぼっこしているのは全員中国人。遊んでいる子供は多いけど、日本人はいない。団地の食品街も中国の店ばかり。ここは日本だけど、『なんで?』って感じるはずです」
男性は今後も中国人が増え続けると見込む。「団地に暮らす日本人は高齢者が多い。死んでしまうとまた中国人が入ってくるんじゃないかな」
無職の女性(77)は東京暮らしが長かったが、夫の定年退職を機に12年前にここに引っ越した。
「入居前にネットで調べたら『中国人はルールを守らない』と書き込みがあった。実際住んでみたら、確かにペットボトルをふたのまま捨てたり、粗大ゴミをぽんぽん捨てたりする人はいるとは感じました」
ただ、「私自身が迷惑をこうむったことはない」と女性は話す。URが中国語の看板を設置した後、粗大ゴミの放置も減ったという。
「私は中国人と接することはほとんどないです。顔見知りなら『こんにちは』とあいさつするが、皆さん、すぐに引っ越してしまう。私の隣の部屋はすでに4回ぐらい世帯主が変わった。中国人の多くはIT企業に勤めているみたいよ。でもごめんなさい。それはネット情報です」
3年ほど前、「中国人は出て行け」と落書きされたベンチを見かけたことがあった。「そういう行為は良くないと思う。私は決して親しくしてないけど、中国人と仲良くすることは賛成。そうしないと、この団地に暮らす日本人がもっと減ってしまうからね」
団地内を歩くと、30代から40代の中国人が多いと感じる。彼らは親子で入居しており、広場では子供たちが中国語を話しながら駆け回っている。
共働きのため、中国から親を呼び寄せている家族もいるようだ。おばあちゃんが孫を連れて散歩している姿もよく見かけた。
一方、日本人は単身や夫婦の高齢者が多い。働き盛りの人はあまりおらず、子供もほとんど見かけない。団地には4割ほどの日本人が暮らしているが、もっと少ない印象さえ受ける。
78年にこの団地が完成したとき、全く違う風景があった。
「倍率は200倍。入れた時は本当にうれしかったですね」
78年からこの団地に住み続ける田辺良家さん(76)は言った。当時は人気物件で、入居した日本人は若い夫婦が多かったという。外国人は皆無に等しかった。
子供の急増を見込み、団地の完成に合わせて近くに小学校と中学校ができた。80年には芝園町の人口は6000人を超えた。
田辺さんは東京・丸の内にある会社に毎日通勤した。「都心に通うにはとても便利な場所。ここから東京の職場に向かう会社員は多かった。団地内の広場には多くの子供が遊んでいた」と振り返る。
もともとこの土地には日本車両製造の蕨工場があり、高度成長時代の象徴とも言える0系新幹線の車両が製造されていた。工場移転後、日本経済を新たに支える若いサラリーマンと家族たちが入居して暮らすようになったのがこの団地だった。
持ち家を購入するなどして転出する人もいたが、00年を過ぎると状況が変わった。
それは団地ができたときに入居した人たちが定年を迎え、その子供たちが独立していった時期とも重なる。ライフステージが変わって彼らが転居すると、代わりに入居したのは中国人を中心とした外国人だった。
川口市の人口統計によると、芝園町では01年に外国人が500人を超え、04年には1046人となった。10年は2000人を超え、外国人の占める割合は4割になった。
中国人らが増え始めた当初、彼らの大半は貧しかった。
「団地の一室に二つや三つの家族が同時に入居していたところもあった」と田辺さんは言う。
当然のように日本人の住人との間で摩擦も生じ始めた。騒音とゴミ問題が主たるものだったが、当時を知る入居者の一人は「エレベーター内で排尿するなど常識では考えられないレベルのものもあった」と証言する。
ただ、そうしたトラブルも少しずつ改善されていった。URは外国人向けのパンフレットを作製して、ゴミ出しルールや生活上のマナーを伝達。敷地内には多くの中国語の看板を設置して注意喚起した。
また、日本人が中心となって中国人との交流イベントを企画し、学生団体とも連携して異文化の理解に努めた。
一連の取り組みは「多文化共生の先進的な活動」と高く評価され、芝園団地自治会は17年度の国際交流基金地球市民賞を獲得。翌年には埼玉グローバル賞も得た。
居住者の6割は外国人となった。それでも、一時期よりゴミ問題や騒音問題が落ち着きつつあるのは、住民らの努力のたまものだ。
しかし、日本人と中国人の間で交流があるのかといえば、大多数の住人は「ない」と答えるだろう。
取材した限り、日本人と積極的に交際している中国人はごくわずか。トラブルが少ないのは、接触そのものがないからとも言える。
団地で暮らす中国人の印象も変わり、「貧しい」というイメージはなくなった。むしろ、日本人の居住者と比べて年齢が若く、資金力も活気もあるように見えた。
年齢層、年収、家族構成、言語――。共通点はほとんどないが、日本人と中国人は同じ団地内で、奇妙なほど接することなく生活している。【川上晃弘】
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