白河藩主・松平定信はどんな殿様だったの? 大河「べらぼう」登場
毎日新聞 / 2025年1月8日 16時13分
NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺(つたじゅうえいがのゆめばなし)」が始まった。喜多川歌麿や葛飾北斎、滝沢馬琴らを世に送り出した江戸時代の出版王「蔦重」こと蔦屋重三郎(つたやじゅうざぶろう)が主人公だが、時代背景を示す重要な役回りが松平定信。12日放送予定の第2話には寺田心さん演じる少年・定信が登場するという。
はて? 記者は、江戸時代の三大改革の一つ「寛政の改革」を推し進めた政治家だとは日本史の授業で習った。だが、恥ずかしながら、彼が白河藩主だったとは知らなかった。
施策の功罪
定信が幕府の老中首座(現代の首相に相当)に就いたのは1787年。その頃の日本では自然災害が相次いだうえに東北を中心に天明の飢饉(ききん)が発生。地方は疲弊し、江戸は流入した農民らであふれかえっていた。
それまで田沼意次が実権を握っていた幕府は特権クラス商人の意に沿う政策を進め、献金の名目で賄賂政治が横行したとされる。米価高騰もあって庶民の怒りは沸騰し、暴動が相次いだ。
田沼に代わった定信が打ち出した諸施策が「寛政の改革」。飢饉対策として諸藩に穀物の備蓄を命じ、農民らに旅費を渡して帰村させた。火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)・長谷川平蔵の提案を受けて無宿人向けの職業訓練施設も造り、治安の回復に努めた。
半面、厳しい言論・出版統制を敷き、幕政批判者を弾圧。ぜいたく品を認めない質素倹約の徹底策を進めると、庶民の「自由な空気」は薄れ、誰が詠んだか狂歌が流行した。
白川の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき(「白川」は「白河」と書く説も)
定信は、1793年に失脚する。この間に蔦重が処罰されたというから、もしや寛政の改革は悪政だったのだろうか。
「定信公は、徳川の人間として幕藩体制を維持するために改革を実行したんです。商人が握る実体経済を農業中心に戻した」。そう話すのは、定信の研究家で、藤田記念博物館(福島県白河市)学芸員の佐川庄司さん(67)だ。白河市文化財保護審議会の副会長も務めている。
定信は1758年、徳川家一門で将軍職を継ぐ家柄である「御三卿」の一つの田安家の生まれ。祖父は、八代将軍・徳川吉宗だ。幼少の頃から中国の四書五経を読むなど英才教育を受け、民を豊かにする「経世済民」の帝王学をたたき込まれた。衣服は、絹製ではなく木綿の羽織を好んだという。
「二面性」に魅力
幕府内の権力闘争もあって白河潘・松平家の養子になったのは、17歳の1774年。1829年に没した。佐川さんは「田沼政権下で崩れ始めていた社会秩序を立て直すためには出版統制もせざるを得なかった」と解説する。お堅く融通の利かない幕府老中首座・定信、一大名に戻って領民に尽くした白河藩主・定信。その「二面性」が定信を語るうえでの面白さだという。
白河藩主の面で文化・教養人として見ると、絵画を狩野派に、和歌は京都の公家に習う。青森から鹿児島に残る古美術などを調査・分類した「集古十種(しゅうこじっしゅ)」全85巻も出版した。「絵は文章を助ける」と絵師を派遣し、分かりやすいよう挿絵も収録。「日本美術史書の始まり」とされる。これら文化事業の費用は、養子に来る際の持参金などで賄ったそうだ。
殿様としては、「白河だるま」などの産業振興に加え、現在の白河市が誇る三つの「国指定史跡」(白河関跡(しらかわのせきあと)▽小峰城跡▽南湖(なんこ)公園)の礎を作った功績が挙げられる。
「みちのくの玄関」といわれた白河関は所在跡が不明だったが、定信が関の名が詠まれた和歌や書物などを通じ、今の同市旗宿にあったと定めた。小峰城では、材質や寸法などを記した絵図面(設計図)を部下に命じ残させた。老中首座に就任早々に京の御所が火災で焼失し、再建に追われた経験をヒントにした。この絵図面のおかげで、文化庁の厳しい史跡指定審査をパスできた。
「士民共楽」の場
特筆すべきは南湖公園だ。城下の南東に位置していた湿地帯にため池を整備し、近海に現れ始めたロシアなどの異国船から国を守るための「操舟(そうしゅう)」・水練場にした。米作り用かんがい水利も兼ねる。
整備に当たっては定信の「士民共楽」(武士も庶民も分け隔てなく、共に楽しむ)という理念を込めた。周囲に広大な庭園を築いて、身分を超えて庶民にも憩える場を提供した。造成費は公共工事として農民らを救済。四季折々の景色に彩られる公園は今、国の「名勝」にも指定されている。
白河藩にはあまたの殿様がいたが、佐川さんは言い切る。「定信公の名君ぶりは別格中の別格」。貧しい領民が「口減らし」で子に手をかける「間引き」を禁止し、種もみを貸し付けるなど農村復興にも尽くしたという。
白河市の鈴木和夫市長は6日の年頭記者会見で「定信公がどう描かれるのか楽しみだ。ドラマを機会に、客観的で冷静な視点で定信公の功績を地元の子どもたちや全国の人々に向けて発信していきたい」と期待を寄せた。【根本太一】
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