清酒が生まれた奈良・正暦寺 時を超え地元の酒造りを後押し
毎日新聞 / 2025年1月10日 14時0分
奈良市の山間部、菩提山町の正暦寺に「日本清酒発祥之地」の石碑が建つ。寺の酒造りは室町時代に最盛期を迎え、その後途絶えた。ところが1999年、往時の製法で清酒が再現された。日本の「伝統的酒造り」は昨年12月、ユネスコ無形文化遺産に登録された。昭和100年の今年、「奈良酒」の新たな一歩を後押ししてくれそうだ。
江戸初期の「童蒙酒造記(どうもうしゅぞうき)」に「奈良流は酒造りの根源というべきものである」と記載されている。室町期の「御酒之(ごしゅの)日記」には、正暦寺の清酒製造方法がこの時代の革新的酒造法として詳細に記されている。大原弘信住職は「これらの記述が発祥の地の裏付けの決め手になった」と話す。具体的な開始時期は不明だ。
正暦寺では清酒「菩提泉(ぼだいせん)」が造られ、その元となる原液(酒母)は「菩提酛(もと)」と呼ばれていた。
御酒之日記にある製法は①乳酸菌が混ざった水と生米、炊いた飯で乳酸水を作る②この生米を蒸し、ごはん、こうじ、酵母菌を乳酸水に入れ、発酵させて酒母を作る③酒母に水、こうじ、蒸し米を加え、これを3回繰り返して(三段仕込み)酒母を13倍に増やす④63度に加熱して殺菌し、味を整える⑤搾って透明な清酒と酒かすに分ける――となっている。
⑤の搾りが、当時主流だったどぶろくとの圧倒的な違いをもたらした。この頃はまだ発酵技術が確立しておらず、失敗も多かったとみられるが、正暦寺では製法が確立され、安定的に製造できた。③の「三段仕込み」が量産を可能にした。
現在の日本酒の製法と大きくは変わらないが、夏に製造されていた点が異なる。今でこそ酒造りは冬だが、正暦寺の乳酸菌は気温32~35度で発酵力が高まる性質があった。
992(正暦3)年創建の正暦寺は100もの塔頭(たっちゅう)がある大寺院だった。僧も多く、生活費や建物の維持費などに莫大な国費が充てられた。当時、寺での酒造は禁じられていたが、寺の鎮守社への献上酒を作ることは認められていた。
室町時代になると国費給付が減らされ、寺自ら財源の工面が求められた。そこで公家や武家への酒の販売が始まった。最盛期が約150年続いたが、その後廃れた。
1996年、正暦寺の酒造りを復活させようと県や県酒造組合が「奈良県菩提酛による清酒製造研究会」を発足。寺も参画した。最も重要な「正暦寺乳酸菌」がどこで採れるか分からず、寺の至る所に皿を置いて菌を探す、根気の要る取り組みが続いた。試行錯誤、紆余(うよ)曲折を経て99年に濃醇な味わいの「発祥の地の酒」が復活。現在は県内七つの酒蔵が正暦寺の酒母を使って清酒を製造している。
寺で1月中旬に開催される清酒祭では、酒母の仕込みが公開され、試飲もできる。例年、多くの参拝者でにぎわう。今年は11日に開かれる。
大原住職には酒の復刻だけでなく「周辺の山を守りたい」という思いがあった。約4キロ離れた地に98年、ヘリポートが整備され、寺の静けさを奪った。「山を切り開く開発が新たに始まれば、次は水が駄目になるかもしれない」と危惧していた頃、菩提泉復活の話が浮上。プロジェクトにより清酒発祥の地の水は守られた。
昨年夏、県内初の酒米も完成した。オリジナルの「奈良酒」も間もなく世に出る。こうした奈良酒を巡るさまざまな取り組みの原点は正暦寺。大原住職は「酒や茶は、語り合う場や何気なく過ごす時間につきもの。私たちの生活からなくなることはない」と穏やかに説いた。【山口起儀】
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