「人間爆弾」桜花の歴史を継承 戦争で父を失った84歳の思い
毎日新聞 / 2025年1月13日 13時15分
太平洋戦争末期、旧日本海軍の特攻兵器「桜花(おうか)」の訓練が、現在の茨城県鹿嶋市で行われていた。桜花は全長約6メートルの1人乗りで、上空で飛行機の下から切り離され、1・2トンの爆弾を抱えて敵艦への体当たりを狙う。着陸機能はなく、生還できないため、「人間爆弾」と呼ばれた。
現在の日本製鉄東日本製鉄所鹿島地区の構内にはかつて神之池(ごうのいけ)海軍航空基地があり、秘密裏に桜花の訓練が行われていた。生家が基地の近くにあった郡司文夫さん(84)は、農作業を手伝ってくれた桜花の訓練生と幼い頃に遊んだ記憶がある。
1991年、住友金属工業(当時)が鹿島製鉄所の構内にある、軍用機を敵の空襲から守る掩体壕(えんたいごう)を取り壊すという話が浮上した。郡司さんは県遺族連合会の会員だったこともあり、住金側に保存を働きかけ、住金は桜花の訓練地だったこの周辺を桜花公園として整備した。93年から郡司さんが中心となって毎年8月に慰霊祭を開催してきた。
公園完成と同時期、桜花の歴史を継承し、慰霊祭に集まった遺族や元隊員らが交流できる場を作るため、郡司さんは私財を投じて鹿嶋市平井に平屋建ての資料館「特攻桜花記念館」を建設。資料の展示やシンポジウムなどを開き、活動の拠点となってきた。全国から元隊員の証言や資料などが集まり、犠牲になった隊員ら数十人の名簿も作成した。
郡司さんが約30年、慰霊祭や歴史の継承に取り組んできたのは、22歳で戦死した父・年男さんの存在がある。郡司さんの物心がつく前に父は徴兵され、旧陸軍の工兵として出征し、激戦地のパプアニューギニアで戦死した。
戦地から帰ってきた骨つぼには石ころ一つだけ。納得できず80年代には遺骨収集事業に参加し、家業の合間を縫ってパプアニューギニアに計4回渡った。
活動の原動力は幼い頃、女手一つで育ててくれた母とよさんだった。夜中に一人ですすり泣く母を見ていたからだ。「戦争未亡人としての弱みは見せなかったが、(夫の)命を奪った戦争のやるせなさを抱えていたんだろう」と振り返る。
記念館の開館から30年以上がたち、亡くなる遺族も多く、慰霊祭の参列者も減った。「戦後80年、日本が戦争に巻き込まれず、大きな内紛もなく過ごすことができた。この記念館も役割を終える時なのかもしれない」。郡司さんは記念館の「終活」を考え始めていた。【川島一輝】
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