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亡き娘が結んだ縁 「二十歳の集い」遺影手に見守る母 滋賀

毎日新聞 / 2025年1月13日 14時1分

松澤ひなさんの遺影を手にする内田建一さん(左から4人目)とひなさんの母香織さん(同3人目)ら=東近江市躰光寺町の能登川コミュニティセンターで2025年1月12日午後5時26分、礒野健一撮影

 ひなも笑顔でお祝いしてるよね――。成人の日を前にした12日、滋賀県東近江市の松澤香織さん(44)は、市立能登川中の卒業生を中心に行われた「二十歳の集い」を特別な思いで見守った。12歳で亡くなった娘が結んでくれた、同級生との絆。成長し、大人になった姿を遺影とともに見つめ「本当にいい子たちばかり。頼もしい」と笑みを浮かべた。【礒野健一】

 香織さんの長女ひなさんは、心室が一つしかない先天性の心臓疾患を持ちながら、市立能登川東小に通っていた。運動制限はあるが他の児童と同じように過ごし、「将来は病気の子供を治す医師になりたい」と勉強に励んでいた。恋愛にも積極的で、ひなさんから告白して同級生の内田建一さん(20)と交際することに。誕生日にプレゼント交換する様子などを、香織さんはほほ笑ましく見つめていた。

 容体が急変したのは、小6だった2016年7月だった。手術後に合併症を発症して意識不明となり、家族の呼び掛けにも反応を示さなくなった。絶望的な状況の中、内田さんがボイスレコーダーを通じて「頑張れ、ひな」と呼び掛けると脳波が動き出した。担当医が「奇跡」と言う踏ん張りだったが、10日に息を引き取った。

 内田さんはその後も足しげく仏前に通った。香織さんは「彼が仏壇の前でじっと座っている姿は見ていられなかったし、重い物を背負わせてはいけないと思った。でも、来てくれることが私の励みにもなった」と振り返る。内田さんは「その時はまだ死の意味が理解できず、ただ、ひなの分まで頑張らなくちゃと思った」という。やがてひなさんの誕生日や月命日に同級生が集うようになり、中学や高校に進学しても続いた。香織さんは「いつの間にか我が家が『駆け込み寺』になっていた。私が寂しくないようにと、ひなが結んでくれた縁。私が笑顔なら天国のひなも笑顔だからね」と笑う。

 昨年11月、二十歳の集いの実行委員から香織さんに出席の打診があった。「まさか呼ばれるなんて」と驚き、喜んだ。会場ではひなさんの写真も投影され、全員がひなさんをしのんだ。内田さんは「小中高と野球部で主将として頑張れたのはひなのおかげ。子供の見本となるかっこいい大人になりたい」と誓った。香織さんは「ひなはずっと、みんなの中にいる。命を大事に、笑顔を忘れず生きてほしい。私も彼らをずっと見守っていく。まだまだ忙しいですね」と目を細めた。

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