“見えない障害”失語症 難しいケア、当事者はいま 三重
毎日新聞 / 2025年1月16日 8時45分
脳梗塞(こうそく)などの後遺症で会話や読み書きが困難になる「失語症」。その当事者を支援するため厚生労働省は意思疎通支援制度を設けている。だが、三重県内では「意思疎通支援者」の養成のみで、まだ派遣事業の導入には至っていない。県は「2026年度以降、派遣事業を県予算案に盛り込むことも視野に入れる」としており、支援強化に乗り出す意向だ。
「…うん。うん」。玉城町の中山吉和さん(75)は、妻美佐子さん(74)からの問いかけに応えようと言葉を絞り出した。
中山さんは20年11月に脳梗塞と診断され、失語症が後遺症として残った。うまく話せないため電話を控えるようになり、日課だった近所の小売店への買い物も控えがちだ。美佐子さんは「家族が支援できるうちはまだいいが、私も今後何かあるか分からない。支援者の派遣事業があれば利用を検討したい」と話す。
失語症は、脳卒中や事故などで脳の言語野が損傷し、思うように話すことや聞いて理解すること、読み書き、計算などコミュニケーションが困難になる障害。人によって症状が異なり、重症度や回復ペースにも差がある。
県や県言語聴覚士会によると、当事者は全国に約50万人いるとされ、県内では推計約3000~7000人。外見では分かりにくいことから「見えない障害」とも呼ばれる。それが世間の理解が進まず、孤立する要因の一つになっている。
現状を変えようと厚労省は18年、意思疎通を助け、社会参加を促す支援者の養成・派遣をする制度を設けた。聴覚、視覚、盲ろうなどに加え、失語症も支援の対象に含まれている。
支援者は当事者の買い物や病院に同行し、その他の人たちとの意思疎通を助けるのが役割だ。国が定めたカリキュラムに沿って40時間以上の養成講座を受ければ支援者になることができる。県も20年から講座を始め、これまでに26人が修了した。
しかし、県は派遣事業まで手を広げていないため、支援者を育成しても活躍の場がないのが現実だ。同省のまとめによると、22年度時点で派遣事業を実施しているのは愛知県や北海道、東京都など16都道府県にとどまる。全都道府県で派遣事業が行われている「盲ろう者」の支援などに比べると対応の遅れが目立つ。
県障がい福祉課の池田和也課長は「派遣事業ができれば併せて養成者の増員も検討したい。ただ、すぐには厳しい」と明かす。
その一因は専門性の高さにある。県言語聴覚士会の高桑英治会長は「失語症者は言いたいことをそのまま伝えられない。支援者は通訳者になれないわけで、雰囲気や絵などから意図をくみ取る必要がある。手話通訳のような(明確な)対話手法がない」と話す。
それでも当事者への理解を深め、何らかの形で支援に加わろうとする人々がいる。24年は15人が県の養成講座を受けた。
津市内であった講座を12月中旬に修了した鈴木泉さん(65)は「以前勤めていた会社で同僚に失語症者がいたが、知識がなく配慮できなかった反省があった」というのが参加の動機。実際に受講してみて「非常に会話が難しいということに改めて気づかされた」と険しい顔を浮かべた。
ただ、これまで知らなかった「コツ」もつかめた。「はい」「いいえ」で答えられるような質問をしたり、身ぶり手ぶりを加えたりすることだ。「会話のための手法を学ぶことができた」と手応えを語る鈴木さんは現在、県内でカフェの新規出店を目指しており「実際に当事者のお客さんが来た際に生かしたい」と話している。【原諒馬】
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