生放送中に阪神大震災が発生… アナウンサーの「とっさの判断」
毎日新聞 / 2025年1月17日 7時0分
30年前の1995年1月17日午前5時46分。阪神大震災が発生したその瞬間、在阪の民放で唯一、生放送中だったのが朝日放送(ABC)テレビだった。番組のキャスターとして出演していた同局元アナウンサーの鳥木千鶴さん(57)に、当時の「とっさの判断」について聞いた。
テレビ画面が真っ暗に
当時放送されていた番組は「おはよう天気です」。94年10月から始まった早朝帯の情報番組だ。その日も、普段と変わりない出勤だった。兵庫県尼崎市の自宅から、迎えのタクシーで当時大阪市北区にあった朝日放送2階のAスタジオに入った。
ただ、前日に「気になること」を感じていたという。16日の午後6時半ごろ、大阪湾を震源とするマグニチュード(M)3・7の地震があったのだ。震度1を神戸で記録している。前年の11月ごろには同県猪名川町の周辺で小さな地震が頻発して話題となったことも相まって「関西は地震がないと言われていたので珍しいなと思っていた」。
放送は午前5時45分に始まる。全国の天気予報の後、1人目の出演者が番組内のコーナー紹介を済ませた時、激しい揺れがスタジオを襲った。映像は大きく乱れ、天井からつり下げられた照明機材も「ガシャンガシャン」と音を立てて揺れる。史上初めて震度7を記録した大地震の発生を生放送で捉えた瞬間だった。
鳥木さんは揺れ始めからわずか数秒後、「今強い地震が起こりました。カメラの前の皆さん、安全な所に避難してください」とアナウンスしている。ただ、地震を体感した経験はなく、なぜすぐに「地震」と判断できたのか分からないという。「前日の地震のことや、放送中に地震が来たらどうするかというイメージをしていたことはあった。ある意味『思い込み』だったかもしれないが、結果的に当たっていた」と話す。地震発生時のフレーズを考えたり、ラジオ用に作られた緊急時の原稿を見たりしていたことも生きたという。
ちなみに「テレビの前」ではなく「カメラの前」と話したのは、話す相手のイメージが「目の前のカメラになっていた」からだ。番組は映像、音声ともに一旦途切れて真っ暗になったが、音声は約15秒後、映像は約4分半後に復旧した。
しかし、地震の情報は錯綜(さくそう)する。6時ごろにようやく「震源が淡路島、Mは7・2、京都、滋賀県彦根、兵庫県豊岡で震度5、大阪が震度4」という情報が入ってきた。神戸の震度6を伝えたのは同7分。ただその3分後には「5」に訂正。同22分に震度6だったと放送するなど二転三転した。
今考える阪神大震災の教訓
大阪市内や天保山(同市港区)、関西国際空港に設置されたお天気カメラも暗く静かな映像を伝えるだけだった。朝日放送の社史「朝日放送の50年」には「震度情報すら正確に出ないという事実を、未曽有の深刻な被害を示す警告として受け止め切れていなかった」との反省が記されている。
鳥木さんは「普段は情報番組だったこともあり、報道担当のスタッフは入っておらず番組側に情報が入りづらかった」とした上で、地震後に感じたのはある程度の「割り切り」の必要性だったという。
後に視聴者から、「あの時に『地震だ』と言ってくれたから落ち着くことができた」とはがきをもらい、「自分の体感で『大変な事が起きた』という思いをすぐ言葉にすることも大切なのだと思った」。当時の放送では、余震の危険性を考慮し、外出を控えてもらうべく「鉄道は止まっているとみられる」といった断定的な伝え方もした。
「正確な情報を伝えることはもちろん重要で前提だが、リアルタイムで一番に伝えなければいけないのは『まずは命を優先させる』こと。情報が無い中では、より視聴者が安全な方向に動くように、断定的に伝えることも重要だったと痛感した。それが神戸の教訓」と考えている。
災害時の放送を巡っては、24年1月能登半島地震発生時の、NHKアナウンサーの口調が注目を浴びた。「東日本大震災を思い出してください!」「今すぐ逃げること!」――断定調や感情に訴えるアナウンスだったためだ。鳥木さんの出身は被災地となった石川県七尾市。幸い親族はすぐに避難して無事で、「被災地にいる人にどれだけ避難行動に移してもらえるかは、やはり重要だと感じた」。
鳥木さんは「断定調のあの放送が本当に避難に結びついたのか、マイナスに働く別の要素はなかったかを今後も突き詰めることで真に『命を守る報道』となり得ると思う」と語った。
朝日放送テレビは阪神大震災の取材映像アーカイブをホームページで公開しており、「おはよう天気です」の放送も収録されている。URLは(https://www.asahi.co.jp/hanshin_awaji-1995/)。【露木陽介】
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