「神戸の出身じゃなか?」 当時大学2年の記者、覚えた奇妙な疎外感
毎日新聞 / 2025年1月17日 13時30分
「あんた神戸の出身じゃなか? 実家は大丈夫と? 帰らんでよかと?」
30年前のあの朝、あまり親しくない面々から顔をのぞき込まれた。私は九州の大学に通う2年生。寮の自室のテレビをつけないまま1時間目の授業に出かけ、何も知らなかった。校舎の前の公衆電話ボックスに入り、神戸市西郊にある実家にかけると「みんな無事だから」と繰り返す母の声が母と分からぬほどうわずっており、ただごとではないと悟った。
実家の周辺では倒壊建物は少なく、火災も起きなかった。とはいえ家族は激しい揺れの恐怖とライフライン途絶の不自由を味わった。数カ月そして数年たつと、私は奇妙な疎外感を覚えるようになる。体験者の語りは絶対であり、体験していない者は謹聴すべし。そう言われたわけではないが、この風潮は阪神大震災の被災地にある時期まで根強かったと思う。
14年近く前の東日本大震災当時は大阪本社学芸部で記者をしていた。発生翌日の3月12日、福島第1原発が深刻な危機に陥っている旨の緊急電を通信社のスピーカーががなり立てた。その瞬間、大揺れと大津波の惨状に殺気立っていた編集局が静まりかえった。衣服やら文明やらを忘れて本来の動物に戻り、本能の部分で粟(あわ)立ったとでも言おうか。
東北での現地取材に向かう順番は少し先になり、なすすべがない。その間、電話やメールで片付く取材であっても相手と店で会い、用件が済むとそのまま話し込むことが何度かあった。周囲を見ると、額を寄せ合って笑ったりうなずき合ったりする若い世代でいっぱいだ。不安で人恋しかったのだろう。私も当時独身だった。カフェや居酒屋は静かな熱気に満ちていた。
昨年10月23日、ここ和歌山市で朝から午後3時過ぎにかけて震度3~1の地震が8回ほど続いた。支局が入るビルはそのたびに音を立てた。いまだ大地震の揺れを知らず、かつ極端に臆病な私はそれ以降、ビル内にある立体駐車場が動いたり大型車が直下を走ったりといったことによると思われるわずかな震動に体が反応し、すわ南海トラフ巨大地震かと机の端をつかんでいる。
大地の大揺れが価値観や人生観を変えることを体現する作家が、現代日本文学の最高峰の一人、高村薫さんだ。大阪府吹田市の自宅で阪神大震災の揺れを経験した直後に壮大なミステリー「レディ・ジョーカー」の連載を開始したが、執筆中、頭の半分は全く別の小説世界を模索していたという。仏教の研究を始め、エンタメ路線を手放して純文学に転じ、宗教や政治を問答し尽くす大作を相次いでものした。そして東日本大震災以降、作家の目はより足元に向かい、2015年にインタビューした際は「土を書いていく」と語った。
と、このコラムを書いている今(1月16日午後2時25分ごろ)、職場がガクンガクンと揺れ、ノートパソコンの縁を握り締めた。テレビのテロップによれば和歌山市の震度は2。恐怖は手放しようもないが、私たちは大地を離れては生きられず、身過ぎ世過ぎの仕事の本分を尽くすのみである。大作家には及ばずとも、そこには行動変容が含まれる。すなわち自分と周囲の命を守るために。軽重問わず恐怖体験を開いていくこともその一つだと思っている。【和歌山支局長・鶴谷真】
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