言葉がただの音に聞こえる 就労も「空回り」 失語症の知られざる壁
毎日新聞 / 2025年2月1日 7時30分
ベルトコンベヤーで流れてくるシャンプーや洗剤のボトルを梱包(こんぽう)していく。上司が自分に話しかけ、去っていった。だが、何を言われたか分からなかった。工場の中は機械の音や段ボール、ナイロンがこすれる音が響いている。上司の声はそんな音のようだった。
「言葉が音に変わってしまった」
会話や読み書きが困難になる「失語症」を発症し、懸命なリハビリを経て働き始めたばかりだった森下光法さん(56)=滋賀県守山市=はぼうぜんとなった。
数字を理解しにくい
森下さんは2020年、脳梗塞(こうそく)で倒れた。高次脳機能障害になり、失語症も発症。約1年間のリハビリで話すことはできるようになったが、日常会話をこなすのがやっと。仕事に戻るのに大きな障壁となった。
発症前、車の運転が好きな森下さんはタンクローリーと代行タクシーの運転手として働いていた。だが、医師からは会話しながら運転することは難しいので辞めるように勧められた。
また、失語症者の特徴の一つが数字を理解しにくいことだが、タンクローリーで運ぶ液体量やタクシーの運賃など会話で数字を頻繁に使う。長年握り続けたハンドルから手を離すしかなかった。
障害者採用で工場で働き始めたが、自分の変化に驚いた。聴力が低下したわけではないが、言語中枢を損傷したことで雑音が多かったり、会話が重なったりすると、言葉が「音に近い感覚」で伝わることがあると後に知った。
聞き返すことが増え、何度も聞いているうちに相手が不機嫌になっていく。それに森下さんは、失語症を発症した人の多くが伴う大きな身体のまひは残らなかった。
それゆえに周囲からは障害があることを理解されにくく、「人は以前と同じように接してくるが対応できない」と葛藤した。職場に必要なコミュニケーション能力が足りない。半年ほどで工場をやめた。「言葉が伝わりにくいことを説明しても分かってもらえない」と本当の退職理由は告げなかった。
「働きたいのに、ずっと空回り」
その後、障害者の介護職にも挑戦したが、利用者との会話や文書での報告が壁になり、長く続かなかった。利用者との会話では積極的に話しかけることが求められたが「自分から新しい会話をするのは苦手で、苦痛だった」。
また、10分程度で作成できる報告書に1時間を要した。「一つ一つの単語は分かっても、助詞を入れて文章を組み立てるのに時間がかかってしまった」という。
日本失語症協議会によると、失語症者の約8割が働き盛りの30~50代の男性だが、その年代の就労率や職場復帰率は他の障害と比べても低く、同会は国に就労支援などを要望している。
身体障害がある70代の母親と2人暮らしの森下さんは「僕が働くしかない」と給与額の面からも一般企業での就労を目指してきた。だが今は、就労継続支援事業所や一般企業での就労に向けて、社会福祉法人で職業的な訓練をする就労移行支援を受けている状況だ。
森下さんは漏らす。「働きたいのに、ずっと空回りしている。今後のことを考えると、不安しかない」【飯塚りりん】
失語症者への支援に取り組む滋賀県言語聴覚士会理事の伊井純平さんの話
失語症は脳の言語中枢がダメージを受けることで、▽話す▽話を聞いて理解する▽書く▽読む――など言葉の能力が低下します。言葉の分からない国で暮らす感じに似ているかもしれません。
失語症者は全国に約30万~50万人いるという推計はありますが、正確な数字は把握できていません。身体障害者手帳の申請で失語症単独では認定を受けられる等級が低いなどの理由から申請をしない人も多いためです。
失語症は個人差が大きいことで学問的なエビデンスが弱く、行政を動かすのが難しい障害だと考えます。多くの人に「失語症」を知ってもらい、支援事業の必要性を理解してもらえるように取り組んでいます。
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