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諏訪湖で下駄スケート、背丈ほどの御神渡りにスリル…武勇伝に笑顔

毎日新聞 / 2025年2月11日 13時15分

下駄スケートを履いて諏訪湖上を滑る小学生たち=1939年1月撮影(諏訪市博物館提供)

 「御神渡(おみわた)りのこと?」。長野県諏訪市、JR上諏訪駅に近い商店街で時計店を営む秋山英明さん(94)は、目に着けていた修理用のルーペを額に押し上げ、にこやかに応対してくれた。

 かつては珍しいものではなかった御神渡りだが、暖冬傾向で出現しない「明けの海」が増えた。今季も7日現在、全面結氷すらしていない。

 秋山さんは「諏訪湖が浅くなって、水温が高いんじゃないかな。昔は結氷すると土手に乗り上がった。乗り上がり切れなかった氷が破裂して御神渡りになると思う」と推測。「寒さが全然違う」とも話す。子供の頃は夜、近くの共同浴場(温泉)から自宅に帰る200メートルくらいの間にぬれた手ぬぐいが板のように凍った。はく息の水蒸気で眉毛やまつ毛が凍り、家に入るとそれがポロポロと落ちてきたという。

 岡谷工業学校(現岡谷工業高校、岡谷市)時代は、下駄スケートで諏訪湖を滑って帰るのが何よりの楽しみだった。氷が張って厚さが増してくると、現在の岡谷湖畔公園(岡谷市湖畔3)あたりから湖上に出て、メタンガスの噴出で氷が張っていない「釜穴」を避け、自宅があった対岸(諏訪市湖岸通り5付近)に着いたという。「一番早い時は14分で渡り切りました。記録です(笑い)」。

 御神渡りが人の背丈くらいせり上がっていたことも覚えている。「びょうぶのように立ち塞がっていて進めないんですよ。本当にデカかった」。友達と渡れるところを探し、氷の壁が重なって倒れているところを見つけたが、「その上を通った時はおっかなかった(怖かった)」。

 せり上がっていない場所も、筋状に割れ目がある。数人でまとまって滑っていくと、重みで氷が沈むという。「あぶねえから大勢で行くな、1人で行け」と声を掛けあい渡った。「(氷上にあふれてきた)水にじゃぶじゃぶっと入って滑ったり歩いたりしていく。氷が割れるんじゃないかって、今でも冷たい感触とスリル、覚えていますよ」。

 夜のうちに岸近くの氷が広範囲に割れて回転し、秋山さんがアルバイトをしていたスケート場の小屋が遠く離れてしまっていたこともあった。当時、湖上には業者が営むスケート場のほか、学校ごとのスケートリンクも作られていた。「氷の上に1000人くらいは乗っていたんじゃないのかな。思い出すといろいろ面白いね」。

 時代が下って昭和末期の頃までは、凍った氷上に出た経験がある人は多い。御神渡りを調べるため亀裂に沿って相当沖まで歩いた、自転車に乗った--など、さまざまな“武勇伝”がある。

 八剱(やつるぎ)神社の氏子総代、栗林直樹さん(62)は氷上でペダルをこいだ1人。「恐々だったけど、楽しかった」と懐かしむ。湖畔にある岡谷南高校(岡谷市)に通っていた1980年頃、氷がしっかり張っている1月下旬か2月上旬だったという。「学校帰りに同級生5、6人で自転車で走った。3年間ちょくちょくやりましたよ。学校は禁止していましたがね」といたずらっぽく笑った。

 栗林さんは、2012年の御神渡り拝観式に諏訪市島崎2地区の区長として参列し、公的立場でも氷上に立った。この年は1月下旬に突如到来した寒波で全面結氷。2月3日に御神渡りが出現した。氷の厚さは、まさにあっという間に12センチにまでなったという。

 氷上体験は「高校時代とこの時だけですが、いい思い出です」。【宮坂一則】

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