「性は高度なプライバシーなのに、多くが誹謗中傷のように語っている」オリンピック女子ボクシング性別問題の論点...IOCとボクシング協会の対立も背景か
MBSニュース / 2024年8月8日 13時11分
パリオリンピック™では、ボクシング女子選手の出場資格をめぐり、波紋が広がっています。女子66kg級の女子選手について出場資格があるのかという点について、トランプ前大統領やイーロン・マスク氏など著名人もSNSで投稿するなど混乱が起きています。「性別」を巡る議論が世界で起きていることに、スポーツとジェンダーに詳しい専門家は「性は高度なプライバシー、多くの人が誹謗中傷のように語っていることが最もよくない」と指摘しました。競技の公平性と、人権やプライバシー保護をどう両立させればいいのでしょうか。
世界で議論が加速「ボクシング女子」性別と出場資格
パリ五輪のボクシング66kg級では、アルジェリア代表のエイマヌン・ハリフ選手(25)は決勝に進出して、銀メダルか金メダルというところまで来ています。しかし2回戦でハリフ選手と対戦したイタリアのアンジェラ・カリニ選手が開始46秒で棄権。「パンチが重すぎる」というような発言も当初ありました。
これに対してIBA(国際ボクシング協会)は、今回のオリンピックに出場しているエイマヌン・ハリフ選手と、台湾のリン・ユーティン選手(57kg級)の2人は、去年の世界選手権では、『検査でテストステロン値が高い』として、出場資格をはく奪されたと言った、これが議論のきっかけとなりました。
ではテストステロンというのは、何のことでしょうか。
「テストステロン」は男性ホルモンの一種
西別府病院スポーツ医学センターの松田貴雄医師によると、テストステロンとは「男性ホルモンの一種」で、筋力増強やスタミナに影響することが多いというのはわかっています。
しかし、テストステロンが多いと必ず体が強くなるかというと、そうではないということで、値が高くても、筋力の増強に繋がらない人がいることも判明していますので、女性からすると、テストステロンが多いことで有利、とは言い切れないそうです。
男性のテストステロン値は、平均的に女性の20倍ぐらい多く、テストステロン値が男女の差ぐらいあったとすると、小学生と高校生が戦うぐらい危険なことにもなると言われます。安全性を考慮した場合に、どこでに公平性を持つべきかというのがIBA(国際ボクシング協会)の言い分です。
また、検査の詳細を公表するかしないかについては、IOC(国際オリンピック委員会)も全ての検査結果を公表しているわけではありません。なぜなら、各選手のプライバシーに関わるためです。
伊メロー二首相や米トランプ前大統領も言及し…混乱と誤解
2回戦で棄権したイタリアのメロー二首相は、『男性の遺伝的特徴を持つ選手は女子競技には参加すべきではないと思う』と言及。アメリカのトランプ前大統領は過激に『女性スポーツから男性を締め出す』『男性が女性を殴るようなものだ』とSNSに投稿しました。
これを受けて、心は女性で体が男性「トランスジェンダー」の選手なのではないか、といった憶測や誤解が世界中で起きてしまいました。
またIBA(国際ボクシング協会)は、ハリフ選手の遺伝子レベルの検査結果として、「XY染色体」を持っていると公表しました。多くの女性は「XX染色体」、多くの男性は「XY染色体」を保有していますので、多くの男性が持つ染色体をハリフ選手が保有しているため、このことも含めてトランスジェンダーではないかと言われました。
「DSD」ではないか…といった憶測も
ただもう1つ、「DSD」ではないかという憶測も出ているようです。西別府病院スポーツ医学センターの松田貴雄医師によると、DSDとは、『典型的な性分化が行われない疾患』とされています。
典型的な性分化とは何か、卵子のときにはX染色体しか保有しておらず、途中でXY染色体が出て分化し、男性・女性の身体的特徴が変わっていくんですが、この変化が、人によっては典型と違う変化をする人がいて、2000人に1人あるいは4500人に1人とも言われたりするそうです。決して少なくはありません。
今回の問題点 1つ目は「憶測で他人の性を議論、決めつけること」
スポーツとジェンダーに詳しい中京大学スポーツ科学部の來田享子教授は、今回の問題を2つ指摘しています。1つ目は、「憶測で他人の性の話を議論すること」これ自体がプライバシーの侵害ではないか、まして決めつけで「トランスジェンダー、DSD」と決め付けて話すことを、もっと繊細にならなくてはいけないと問題視しています。
ハリフ選手の父親は、「昔から女の子として育ててきた、トランスジェンダーでもない。法律的な証書でも女性と認定されています」と証言しています。それ以上のことを第三者が深く追及すべきではないし、それを知るために何か検査があるということ自体、人権侵害ではないかと指摘しています。
DSDについては、ハリフ選手本人は何も言及していませんし、家族も発言していません。來田享子教授は、「それを追求することはしてはいけない。個人の性などプライバシーの繊細な部分は触れないことが世界のスタンダードになってきています」と話しています。
2つ目の問題は「IBA」と「IOC」の対立
もう1つの問題は、「組織の対立が背景にある」という点です。IBA(国際ボクシング協会)はテストステロンの値が高いから出場できないと言及し、IOC(国際オリンピック委員会)は女性のパスポートを保有し、数年間女性ボクシング選手として競争してきた選手で疑う余地がないと出場を認めています。
正反対の判断になった背景として、この2つの組織は対立しています。去年IBAはIOCから、統括競技団体資格をはく奪されています。ロシアとの関係が強すぎるという理由です。
オリンピックはIOC(国際オリンピック委員会)が全競技を運営しているわけではなく各競技ごとに連盟がそれぞれで運営やルール決めを行っています。ボクシングも以前はIBA(国際ボクシング協会)に任せていました。
今回のIBA(国際ボクシング協会)の発言の理由はわかりませんが、こういう背景があることは理解しておく必要があります。來田享子教授は、「その大会を運営している組織を信じるしかない」と言っています。
男女の判別、歴史をさかのぼると…。
かつては、男性か女性かという議論が出たとき、女性を裸で歩かせて見た目で判断したようです。あまりに差別的・屈辱的ということですぐに批判が出てなくなりました。医学的にということで1968年から染色体検査。1992年からDNA検査。2000年からは疑いがあれば検査を行ってきました。
その後、2011年に陸上女子南アフリカのキャスター・セメンヤ選手の話が出ました。「強すぎる、男性じゃないか」という批判が出て、2011年に世界陸連がDSD規定を設けます。
そこでセメンヤ選手は、値を下げる薬を飲んで基準以下にして出場しました。基準以下にして2012年と2016年に女子800mで2連覇を果たします。そうすると世界陸連がDSD規定をさらに厳しく改定しました。これはひどいとセメンヤ選手は世界陸連を提訴しました。去年結果が出て、ヨーロッパの人権裁判所がセメンヤ選手の主張を認めました。
女性or男性 区別は難しい
男性と女性を分けるのは難しいです。來田享子教授からも①自己申告で男女に分ける案 ②テストステロン値などの基準で分ける案 ③体重や筋力など複数の基準で細かく分ける案がありますが、どれも難しいという指摘があります。
最終的には、競技の公平性といっぽうで人権。公平性の裏には安全性もあります。このバランスをどう取るかというのは、今も話し合いが続いています。
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