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特定少年を『実名』で語る・警察担当記者の目線 全国2例目の実名発表"寝屋川事件"

MBSニュース / 2022年5月11日 11時10分

「特定少年の実名報道」についてコラムを書かせていただく。主題はタイトルにある通り、今年3月に起きた大阪府寝屋川市で20歳の男性が刺殺された強盗致死事件において、犯行に関わった2人の特定少年をめぐる実名報道についてだ。

今年4月から改正少年法が施行され、検察当局から発表された特定少年の実名を報道機関の判断で報じることが可能になった。寝屋川の事件は山梨県の殺人放火事件に次いで全国2例目、近畿では初めての実名発表となった。従来は少年法61条で禁じられてきたものが「解禁」されたわけだが、報道各社における実際の判断は相当に困難なものだったと考える。

そこでMBSで今回の報道に関わったメンバーが、それぞれの視点や考えを形にしておくことが有益だと考えた。事件の取材にあたった警察担当キャップ法花直毅、実名発表する検察当局に向き合う司法キャップ清水貴太、そして実名報道の判断でデスクを担った大八木友之の3者で拙稿を書かせていただくことにする。

それぞれの本稿に入る前に事件概要やMBSとしての判断などについて以下簡単に記します。

【事件概要・特定少年の実名発表・MBSの判断など】

今年3月1日、大阪府寝屋川市の路上で20歳の専門学校生の男性が男女4人に襲われ、刃物で刺されるなどして死亡しました。大麻の売買が事件の背景にあったとされています。男女4人は男性が所持していた現金13万円が入ったバッグを奪い逃走しましたが、後に警察に逮捕され、4人とも強盗致死罪で起訴されています。

事件の一つの注目点は犯行に関わった4人のうち2人が19歳と18歳の男であったこと。今年4月から施行されている改正少年法では18歳19歳は「特定少年」に該当します。民法の成人年齢が18歳に変更されたことに伴い、少年法においても20歳に満たないものの18歳19歳について「特定少年」として大人に近い扱いとする規定が設けられました。この規定に沿う形で、検察は裁判員裁判対象事件を中心に起訴時に「特定少年」の実名を発表する方針をとっており、報道機関は各自の判断で実名報道が可能になりました。これまで少年法61条で少年の氏名や容貌などの報道が禁じられてきたため大きな転換点を迎えています。

特定少年の実名発表は山梨県の殺人放火事件が全国初の事例となり、今回の寝屋川での強盗致死事件が全国2例目、近畿では初めての実名発表となりました。MBSでは寝屋川での事件で、大阪地検が2人の特定少年を起訴した4月28日、地上波テレビ放送で実名、WEBでの配信記事ではインターネットの特性を考慮し匿名で報じています。以下がテレビ放送で示した見解です。

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MBSでは、特定少年の被告を「実名」で報じるかどうか、事件ごとに犯罪の重大性や地域や社会に与える影響の大きさ、深刻さなどを考慮して判断することにしています。今回、寝屋川の事件については強盗目的で人の命が失われた結果の重大性や地域社会への影響の大きさなどを総合的に判断した結果、2人の「実名」を報じることとしました。
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※なお本稿においては寝屋川で男性1人が亡くなった強盗致死事件を「寝屋川事件」と表記します。(文責:大八木友之 筆頭デスク兼MBS統括編集長)

警察担当記者として寝屋川事件を取材

私、法花直毅はMBS報道情報局の記者として、大阪府警記者クラブに所属し、キャップを務めている。少年事件を含め、主に大阪府警管内で日々事件事故の取材・報道にあたっている。今回は改めて「匿名」と「実名」、その線引きがどこにあるのか考えさせられる取材だった。

約2か月前の3月1日深夜、大阪府寝屋川市の路上で20歳の男性が襲われ、亡くなった。通報時刻は午後11時54分、男性の背中には刺し傷があり、警察は殺人事件として捜査。MBSも3月2日未明から記者とカメラマンが現場に直行、取材を始めた。

警察、周辺住民への取材を通して事件の概要が徐々に分かってきた。まず、現場から数人が逃走し、警察が犯行に関わった容疑者として捜査していること。そして被害者の男性は車を使って現場を訪れ、その後、襲われたとみられることが判明した。

大きな事件が起きると記者は地元住民に地道に聞きこむ「地回り(地取りとも言う)」をして事件の真実に近づこうと努力する。その中で、複数の住民が「夜中に若者が言い争うような声を聞いた」と証言した一方で「ここは若者がたむろするような場所ではなく、なぜこんなことが」などと異口同音に話した。

また、被害者についても取材した結果、亡くなったのは20歳の専門学校生で、知人や後輩からは「優しい人で恨まれる人ではない、悪く言う人はいない」との話が聞かれた。被害者の顔写真も確認したが、知人らが話した印象を裏付けるように笑顔の写真だった。

その後も取材を重ねたが被害者に目立った事件前のトラブルの話しは出てこず、逃げた容疑者らも数日経っても見つからなかった。捜査関係者からも「被害者周辺からはトラブルはない」という情報があり、事件の全容は見えないままだった。

しかし、事件から約1週間後の3月7日、男3人が犯行に関わったとして逮捕された。警察から発表された内訳は、3人のうち1人は20歳の男、あとの2人は18歳と19歳の「少年」だった。また翌日には21歳の女も逮捕された。警察によると、4人は強盗目的で被害者の男性を襲って刃物で刺し、その後、車で逃走したのだという。スマートフォンの履歴などから被害者は大麻の密売に関わっていたとみられ、4人は金品を奪えると考えたようだ。男3人が実行役、女が運転手役で、被害者と容疑者4人に面識はなく、4人がSNSを通して取引を持ち掛けたとみられている。警察の取り調べに対して20歳の男以外、18歳19歳の男2人は黙秘、女は否認する中、役割分担など詳細は判然としなかった。

逮捕後も取材は続いた

事件の規模や性質にもよるが、警察記者の取材は逮捕で一段落するケースもある。しかし、寝屋川事件では4人が逮捕された後も現場での取材は続いた。理由は逮捕された4人のうち2人が「少年」であったためだ。今年4月に施行された改正少年法では、検察が「重大事件」などと判断したものについては起訴段階で18歳19歳の「特定少年」の実名が発表されることになった。寝屋川事件での特定少年2人の逮捕当時の容疑は「強盗殺人」で、実名が発表される可能性は極めて高いと考えられた。

ただ、検察が発表に及んだからといっても、すぐに「実名報道」につながるわけではない。報道機関としてMBSでは様々な側面から事件について取材する必要があると判断した。少年法61条により、これまで20歳未満の被疑者(被告)の実名を報じることは禁じられていた。MBSとして特定少年の実名発表という初めての経験に直面しており、その判断は「重大」だった。大阪府警記者クラブでは被害者周辺取材、寝屋川市の現場近くの住民ら地元の受け止めなどを改めて取材した。発生から1か月あまり経っていたが関係者、地元の人たちは事件のことを鮮明に覚えていた。

「実名」か「匿名」か現場の声は…

(19歳男性 被害者の知人である専門学校生)
「事件については、悲しかった、仲の良い先輩が巻き込まれ、ただただ悲しい。容疑者が少年Aとか匿名やと身を守れるという感じがする。更生のためにも名前は出すべき」

(70代女性 被害者の近所に住む住民)
「被害者は近所に住む知り合いで、身内みたいに感じている。遺族の気持ちを考えると、もうそっとしておいて、名前出したところで帰ってはこないからという思いと、こういう事したら名前出るというのをちゃんと見せるべきという思い、どちらもあって実名にすべきか匿名にすべきか答えが出ない」

(40代女性 被害者の近所に住む住民)
「事件については他人事と思えない。家が近くて、自分の子どもも18歳の息子で、被害者の男性のことも知っている。ただ、親の立場としては18歳と言っても子ども。実名報道にするかは、殺人などなら実名にするべき」

静かな住宅街で起きた今回の事件。再度の取材を通して、地元住民にとって恐怖を感じる
事件で、影響は大きかったのだと改めて感じた。そして「実名か、匿名かどちらを望むか」も問うた。被害者を知るほとんどの人が容疑者を「実名にすべき」と話していた。一方で「名前を出したところで被害者は帰ってこない」「その世代の子を持つ親の立場として、18歳19歳はまだ子ども。刑によって実名を出すべきか判断すべき」と逡巡する人もいた。

「実名か、匿名か」。被害者の遺族こそどちらを望んでいるのか、どのような考えを持っているのか。記者としてぜひ聞くべき問題であったが、担当弁護士を通して取材を控えるよう要請され断念せざるを得なかったのが心残りではある。

どう向き合う「特定少年」事件

特定少年の実名匿名問題は事件・地域社会の影響だけでなく、少年に酌むべき事情や将来にわたって更生の余地が無いのか、犯行への関与の度合いなど様々な側面をできる限り取材して判断材料とし決断を下さなければならない。同時に、突如として凄惨な事件に巻き込まれた被害者の遺族、関係者の視点に立てば、少年であろうが特定少年であろうが関係はなく、どん底に突き落とされ人生を狂わされてしまったことも深く受け止めなければならないとも思う。

今回、現場を中心に取材を尽くした中で言えば、見えてきたのはやはり20歳の青年が金を奪う目的の男らから襲われ、命を落としたという厳然とした事実であった。そして、事件が地域の人に大きな不安を与え、被害者の知人はみな深い悲しみを感じていた。事件事故、災害、どんな現場でもそうだが不条理な死に直面すると、やりきれない気持ちになる。今回も、同じ気持ちを抱いた。取材結果とともに警察記者として抱いた所感をデスクに伝えた。

かくして検察は特定少年2人の実名を発表した。ただ、当局側の発表基準ははっきりしていないという指摘もある。例えば去年4月、新潟県柏崎市で制限速度を大幅に超えて事故を起こし、同乗者を死亡させたとして危険運転致死の罪に問われている大学生の少年(当時19)について実名を発表しなかった。おそらく取材を進めれば、このケースも被害者にとっては不条理な死ではあるはずだ。また、死亡していなくとも悪質な少年犯罪は起きている。

今回の寝屋川事件では、実名匿名について報道機関で判断は分かれた。おそらくそれぞれのメディアの判断や思考の過程には、たった1つの正解というものはないのだと思う。「匿名」「実名」を分けるものは何なのか、線引きはどこにあるのか…どれだけ難しい判断となろうとも向き合っていかなければならないのである。「特定少年」問題においても納得できる報道をするために、今後も現場の声に寄り添い取材をしていきたい。


法花直毅(MBS報道情報局記者 大阪府警記者クラブキャップ 記者歴12年 事件・事故、災害のほか、宗教・LGBT・ハンセン病元患者など社会問題を取材)

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