特定少年を『実名』で語る・テレビ報道編集長の目線 全国2例目の実名発表"寝屋川事件"
MBSニュース / 2022年5月11日 12時39分
「特定少年の実名報道」についてMBSで今回の報道に関わった主なメンバー3人でコラムを書かせてもらいました。主題は、今年3月1日に起きた大阪府寝屋川市で20歳の男性が現金13万円を奪われ死亡した強盗致死事件において、犯行に関わった男女4人のうちの18歳19歳の2人の特定少年をめぐる実名報道についてです。
今年4月から改正少年法が施行され、検察当局から発表された特定少年の実名を報道機関の判断で報じることが可能になりました。寝屋川の事件は山梨の殺人放火事件に次いで全国2例目、近畿では初めての実名発表でした。従来は少年法61条で禁じられてきたものが「解禁」されたわけです。
MBSでは今回の寝屋川での事件で、大阪地検が2人の特定少年を起訴した4月28日、地上波テレビ放送で実名、WEBでの配信記事ではインターネットの特性を考慮し匿名で報じています。以下がテレビ放送で示した見解です。
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MBSでは、特定少年の被告を「実名」で報じるかどうか、事件ごとに犯罪の重大性や地域や社会に与える影響の大きさ、深刻さなどを考慮して判断することにしています。今回、寝屋川の事件については強盗目的で人の命が失われた結果の重大性や地域社会への影響の大きさなどを総合的に判断した結果、2人の「実名」を報じることとしました。
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報道各社における実際の判断は相当に困難なものだと考えますが、取材や判断に関わったメンバーそれぞれの視点や考えを形にしておくことは有益だと考えます。事件の取材にあたった警察担当キャップ法花直毅、実名発表する検察当局に向き合う司法キャップ清水貴太、そして「実名報道」判断でデスクを担った大八木友之の3者で拙稿を書かせてもらいます。
※なお本稿においては寝屋川で男性1人が亡くなった強盗致死事件を「寝屋川事件」と表記します。
担当デスクとして寝屋川事件を統括
私、大八木友之はMBS報道情報局でデスク兼統括編集長を務めている。今年3月、大阪府寝屋川市で20歳の男性が死亡した強盗致死事件で、全国2例目、近畿で初めてとなる特定少年の実名発表に際し、「実名」として報じるか「匿名」とするのか、議論や判断に関わった一人だ。
弊社MBSは地上波テレビ放送で特定少年2人の実名を報道した。WEBではインターネットの特性を考慮し匿名とした。局内で長い時間をかけ議論し様々な観点を検討した上で判断した結果である。法制度が変わり、社会が受け止めていくことになる特定少年の実名報道。自身にとってファーストケースとなった報道を終えてからの感想を言わせてもらえば、予想以上に悩ましく難しい問題であったというのが正直なところだ。今後も特定少年を実名で報じるかどうか判断を続けていくことになるのだが、毎回その時々の担当者が思い悩みながら慎重な判断をしていくことになるだろう。
割れた報道各社の判断 MBSでは…
4月28日、18歳19歳の「特定少年」2人は起訴され、大阪地検は実名を発表した。マスコミ各社はそれぞれの判断で報じた。ざっと調べたところ、NHK、読売、産経、日経が放送・紙面・WEBとも実名。朝日、毎日が紙面・WEBとも匿名。在阪民放では読売テレビがMBSと同じく放送は実名、WEBは匿名で伝えていた。先に全国初の実名発表となった山梨県の殺人放火事件と比べても、今回の寝屋川事件での各社の判断はさらに割れたと言える。
MBSとして結論にいたるまで、私のようなデスク、大阪府警、司法の現場を担当する記者、そして管理職を含め複数回かなり時間をかけて協議した。局内全体から意見を募り議論を呼びかけもした。
すべては割愛するが、実にさまざまな疑問が出され、意見が交わされた。
「寝屋川事件を『重大事件』と考えて実名報道に踏み切ってしまってよいのか?」
「殺意があるかないかは重要ではないか?」
「殺意の有無で線引きして、殺意が無い時は匿名としてしまってよいのか?」
「金を奪う目的で、執拗に暴行を加えて刃物で刺す行為はどう考えても悪質ではないか」
「少年審判を行う家庭裁判所の逆送決定内容を読むと19歳の少年に酌むべき事情があるのではないか?」
おそらくこの事件での判断で100%正解というものは無いだろうし、事件を含め特定少年の実名・匿名報道に対して個人としての考えや思いに違いもあるだろう。ただ、MBS報道情報局という一つの組織としては健全な議論を経た上で結論を出せたと思うし、正しい選択ができたと自負はしている。
「寝屋川事件」に見る特定少年事件での今後の課題
今後も特定少年の事件において難しい判断を迫られることとなる。ここで寝屋川事件において感じた課題を大きく3つあげておきたい。
【1:検察とメディアが考える「重大事件」のギャップ】
最高検察庁は、裁判員裁判の対象事件など「犯罪が重大で地域社会に与える影響も深刻な事案」を実名発表の対象にするという基本的な考え方を示している。各地方の検察もこの方針と改正少年法に則り粛々と実名発表していく流れにある。大阪地検は寝屋川事件を重大な犯罪だとして実名発表したわけである。一方で、私たちメディアが社会に広く報道し共有すべきだと考える公益性、公共性、社会規範、価値観という観点からみた「重大性」はどうだろうか。ごくシンプルに言うと社会的関心事としての事件・事故のいわば重みという意味での「重大事件」とはおのずと検察当局との間にギャップが生じる場合があると感じる。いままでほとんどの報道機関が少年法の主旨を尊重し61条を守ってきた。今後、特定少年の事件に直面するたびに「果たしてこの事件を重大事件として実名報道に踏み切ってよいのか?」という問題にぶつかることになると思う。
【2:「実名」OR「匿名」を決定する上での判断材料の乏しさ】
司法キャップの清水記者のコラムにおいて少年事件に詳しい専門家の弁護士も指摘しているが、少年法は改正されたが少年審判の公開性は変わっていない。司法制度の一環としてメディアに判断の責を負わすならば少年審判の秘匿性についても考慮すべき余地があるのではないか。特定少年に更生可能性や要保護性を含め具体的に酌むべき事情はないのか、得られる限りの情報は得て判断したいと感じた。今回、家裁が逆送を決めた決定要旨に19歳の少年が内省を深めつつあることや、幼少期からの養育環境の影響を指摘する部分はあったものの、具体的にどの程度のものなのか肌感覚としてはとらえにくく、可能な範囲での少年の性格・人格面での情報も欲しかったとは感じた。取材は尽くすのだが限界もある。これら特定少年についての情報が少なければ少ないほど報道機関側の判断材料として警察や検察の出す捜査情報を基にした犯罪内容や罪の大きさという尺度が比重として大きくなる可能性をはらんでいる。
【3:ニュースネットワークを組む放送局ゆえの判断の難しさ】
テレビ各局は東京のキー局を中心に系列化されており、ニュースにおいてもネットワークを組み取材、情報、報道内容を共有している。一方でそれぞれが独立した企業であり、報道機関でもある。そんな状況において、同一系列内で相当程度の妥当な判断をし、結論を積み重ねていくことが求められている。報道のいわば「判例」として積み上げていき一定の判断基準に収斂させていくことができるのか問われている。社や系列のカラーにもよるが、この点は新聞社以上に放送局は難しい面があるのではなかろうか。
以上の3点に追加するならばWEBでの配信記事の問題がある。多くの人がスマホを通してニュースに触れていて、報道の主戦場となりつつある媒体においてどう伝えていくのか。インターネットの特性を鑑みながら「実名報道」や「顔写真」の取り扱いをどうするかは毎回悩ましい判断になると思う。
「実名」を「当たり前」にはしているけれど…
私たちは毎日のように事件で被疑者が逮捕され、原則的に警察の発表に基づき実名を報じている。被害者についても同様に当局の発表や取材に基づいて実名で伝えることを基本としている。特に被害者の実名報道に対しては昨今、取材現場や視聴者から実名で報じる必要はあるのか?との疑問が呈されることもしばしばある。その際、凄惨な事件、事故に巻き込まれ悲運にも命を落とした方を匿名のAさんと報じてしまうと、その事件・事故の実相が伝わりにくく、再発防止など社会への教訓が共有できなくなるのではないかと考え、その旨をお伝えしていることが多い。もっと簡単に言えばそのニュース、情報に触れても匿名では視聴者にとって他人事に感じられてしまうのではないかと思っている。基本的には実名を含め具体的な事実をできるだけ盛り込み、真実に迫ること、それが国民の知る権利に答えることになると考えているし、ひいては事件・事故の記憶の風化を防ぐことにつながるのではと信じてもいる。
日本メディアの「常識」は海外では「非常識」?原則匿名の国も
しかし、この日本メディアの「常識」は海外では「非常識」となる場合もある。私が去年4月まで赴任していたフランスでは法的な成人年齢は18歳だが、未成年者の犯罪者の名前は原則、裁判の判決が出た後でも公表されない。この点は日本と同じだが、未成年に限らず成人の犯罪被疑者の実名を現地メディアが報じているのをあまり目にしなかった。特派員としては日本で取り上げるほどのレベルで現地の事件・事故を取り扱ってはいなかったが、実名で報じたのは政治家など公人や日本でも有名な人、そしてテロリストくらいであっただろうか。成人の被疑者の実名報道については特に法律や決まりはないようで各報道機関に任されている。実名をあえて公表する必要性が高くないと判断された場合は匿名で報道するのが一般的になっている。
またフランスのお隣のドイツではさらに「匿名」に比重をおいている印象がある。ドイツの成人年齢も18歳。日本の少年法にあたる「少年裁判所法」という法律があり、14歳以上18歳未満の少年に適用されている。18歳以上21歳未満の人も「若年成人」もしくは「青年」と呼ばれ、この少年裁判所法が適用されることも多いという。罪を犯した人物の成熟度や犯罪内容によって、適用するかどうか判断されているようだ。ドイツの報道協議会(日本のBPOのような役割を担う民間の組織)は18歳未満については通常、身元が分からないようにすることを推奨している。メディアの判断に任されるのだが、原則匿名ではある。
しかし、この方針は少年だけのものではない。上記の報道評議会は倫理綱領で、公人もしくは実名報道に社会的意味があるとみなされる場合以外は、成人であっても匿名報道で顔写真も公開しないように推奨している。実際、2015年にジャーマンウィングスの副操縦士が自殺するために、操縦していた飛行機を墜落させ、乗員乗客150人全員が死亡した大事件であっても、一部の大衆紙が副操縦士の男を実名・顔写真付きで報道したものの、ARDやZDFといった公共テレビは匿名(苗字イニシャルだけ)、顔写真は加工しての使用に留めていた。また、ドイツでは犠牲者や被害者も通常匿名である。
フランスやドイツの多くのメディアは基本的には「実名」でなくとも事件、事故の悲惨さは伝わり、社会で教訓を共有し再発防止へとつなげていくことができると考えている節がある。多くの日本のメディアが「当たり前」としていることとは違った考え方であり、報道での対応も異なっているといえる。
もう一つの「当たり前」のことへの気づきと「報じる」ことの重み
今回、寝屋川事件での特定少年の実名発表に触れることで目を覚まされた思いだ。報道の現場に身をおき放送を通じ多くの事件・事故を伝えてきた。しかし、自らを振り返って本当の意味で深く「実名」や「匿名」で伝えること、報じることの意味を考えてきただろうか。毎日のように起きる事件・事故に追われ、忙しさにかまけて流れ作業的に「実名」か「匿名」か、選択してきたのではなかろうか。立ち止まって考える時間が無いのが現実なのだが、私たちが勝手に「小さな事件、事故」と断じてしまっている一つ一つの事件・事故にも当然、被害者がいて加害者がいる。どちらの立場にも家族、友人、周囲の関係者、影響を受ける人といった当事者がいる。そして、それぞれの人に人生と暮らしと将来がある。「実名」か「匿名」かだけでなく広く社会に向けて「報じる」ということは、それぞれの当事者に対して一定の責任を負っているのだ。長く報道の現場にいながら恥ずかしいことなのだが、そんな当たり前のことにもう一度気づかされた思いだった。特定少年の報じ方も含め、報道のあり方、捉え方、伝え方は時代とともに変わってくるだろう。だからこそ、いま「報じる」ことの重みを改めてかみしめていきたい。
大八木友之(MBS統括編集長 報道キャスターから転身し記者・デスクへ 2021年4月までフランス赴任しJNNパリ支局長を務める)
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