<現実感を想像させるノンフィクションの力>「腰を寄せて踊る」川島芳子はいかにして男を狂わせたのか?
メディアゴン / 2015年6月13日 7時10分
高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]
* * *
先日、対談番組で女優・若尾文子さんの話を久しぶりに聞いた。その中で印象深い話があった。若い頃、三島由紀夫さん(作家:1925〜1970)と共演したときの話だ。
三島由紀夫さんが「大映の映画に出たい」と申し入れ、学生時代からの知り合いの増村保造監督の作品に出演することになったという。相手役は誰が良いと聞かれ、希望が通り若尾文子さんになった。
増村保造は当時新進気鋭の監督で、若尾さんが出演する映画も多かった。この映画は「からっ風野郎」(1960)というタイトルで、三島由紀夫主演、共演は若尾文子ということになった。撮影が全部終わった後、三島由紀夫さんが若尾文子さんをダンスに誘ったという。
若尾さんは「断っては悪いと思った」らしく、食事の後、踊りに行った。
そのときの感想が、
「ああいう頭脳のずば抜けた方って運動神経が良いというのも少ないですよね。ダンスをしてもぶつかるんですよ」
というものだった。それを楽しそうに話した。
増村監督作品の中の若尾文子は、その多くが最後には女性としての個性を主張する役であった。環境に流されていくタイプの女性はあまりでてこない。自我を主張する場面がどこかにある。そして色気がある、そんな印象だ。
増村さんと三島さんは学生時代からの知り合いで、撮影では厳しい演技指導があったという。
ダンスの話を聞いて川島芳子(1907〜1948)のことを思い出した。ちょっと飛躍が過ぎるかもしれないが、言うまでも無く「男装の麗人」といわれた、清朝末期の皇族のことである。
以前、この川島芳子に興味をもち少し調べたことがある。彼女にもダンスのエピソードがあった。これが興味深いのだ。その話が、若尾文子の話と似ているように思えた。
川島芳子は日本に養女としてやって来て愛新覺羅姓から川島姓となり、日本の教育を受けた。その後、中国・上海に渡り、日本軍の工作員として諜報活動を行った。
その頃、孫文(初代中華民国臨時大総統:1866〜1925)の長男と上海のダンスホールで知り合い国民党内部の情報を入手するのだが、このときのダンスの様子が読んだ資料に書かれていた。腰を寄せる魅力的な踊り方だったという。
「腰を寄せて踊る」ことで川島芳子は男を狂わせた。上海のダンスホールで脂ぎった男と女たちの中で踊る痩せた川島芳子。その妖しげな魅力を調べながら想像した。「腰を寄せて踊る」魅力がうまく表現できたら、現実感のある川島芳子物語を描けるのではないかと思った。
満州建国に向けて突き進んだ川島芳子の迫力がその辺にあるような気がしたのだ。ドラマでも良い、ノンフィクションでも良い。その魅力をうまく表現できたら面白いだろうな、と思った。
上海事変(1932)にかかわり、満州国建国に邁進し、その実現のために断髪し、スパイとなった川島芳子は戦後に中国で銃殺された。残っている写真は軍服姿や、短髪姿の痩せた川島で、妖艶な雰囲気はどこにもない。だが、実際の川島芳子はまた違うのだろうと想像できる。
魅力というのはふしぎなものだ。妖艶さもそのひとつかもしれない。若尾文子さんの表現はこの魅力について言っている様な気がした。ひたすら肉体的な魅力に憧れ、後には肉体改造に努めた三島由紀夫はこのとき魅力とはほど遠かったのだろう。勿論「腰を寄せて踊る」などということも出来なかったに違いない。
川島芳子の番組は実現しなかった。ノンフィクションでも良い、激しく演じるといった意味ではなく、現実感といったら良いのかもしれない、人間を描く面白さはその辺にあるような気がする。何とか実現してみたいとは思う。
だが、「腰を寄せて踊る」といことの裏をどう取るか、これがまず難しい。この現実感が薄れてはどうにもならない。資料にあった当時の証言に頼るしかない。
では、どんな番組なら可能なのか。ドラマでは何度か作られている。だが、ドラマには難しいテーマのように思える。演技でその現実感を出そうとすればするほど、現実感を失っていくように思える。
やはり現実感を想像させるにはノンフィクションの力が必要なのだろう。たぶんその裏づけが存在感に繋がる。
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