<人間国宝・噺家・学者・人気者>資料的な価値の高い著作を遺した桂米朝のスゴさ
メディアゴン / 2015年6月19日 6時50分
齋藤祐子[神奈川県内公立劇場勤務]
* * *
落語家は、人気商売である。
というより話芸で評価される実演家だから、芸談を語ることはあっても、また自分の口演のために資料を集めて研究することはあっても、それをまとめたり後世に遺すための資料的な価値の高い著作を遺す人はほとんどいない。そう桂米朝師匠(1925〜2015)を除いては。
「落語界でも恩恵を被った人ははかりしれないだろう」と、今になっては思うばかりだが、いまさらながら、米朝さんがその名で遺した著作を紐解きそこに引用されている著作のいくつかに目を通している。
人気落語家であり、人気の司会者。あるいは若者にカリスマ的な人気を博したラジオDJ、様々な顔をもった米朝師匠は、典型的な売れっ子落語家の一人であった。TVや高座、あちこちで話題にされるその人の発言というものは、即時性のある影響力を持ちはするが、それはあくまで存命(あるいは現役)であるうちだけで、没後にはDVDや映像は残るにしても、著作が生きて長く残る。
必要とされるような、記録的な価値のあるものならなおさら。
実演者としても、もちろん米朝さんは自分の芸を遺すことで、絶えていた上方落語を記録にとどめ生き延びさせようとした。いまさらなぜそんなことを語るのかといえば、同じように落語の寿命を百年延ばしたといわれた談志さんはどうだろうか、とつらつら考えてしまったからだろう。
残した著作は多く、いまだ若手の落語家に読まれているかといえば、心ある人には、ということでしかない。
必ず読むべき文献リスト、などというものが実演家たる落語家の修業で要求されるものでもないにしても著作のわかりやすさ、大系だっているか、といえばそれほど自覚的に整理はされていない。
埋もれた噺を再演できるように、テキストとして遺すことを優先し(このこと自体が、定番といわれる台本が存在しない口語体の芸である落語には邪道の試みである。あるいは膨大なバリエーションがある話芸だけに、網羅することも標準を定めることもよほどの碩学でなければ通常は手掛けられない。滅びかけた上方落語の多くを発掘し手直しして再生させた米朝さんならではの偉業でもある)その注意ポイントや、いまでは薄れてしまった舞台となる土地の雰囲気まできちんと簡潔に記載してある米朝さんのテキストがどれほど実演家にとって値打ちがあるのかということだ。
考えようによっては、一度滅びかけたがゆえに、それを必死に聞き取り時代に合うようにチューニングをかけ、観客の耳という厳しい批評で磨きぬいた米朝師匠という人が、また失われないようテキストという形でも後世に遺そうとして、米朝さんだからと許された、といういい方もできる。
時代が下り時間が立ってしまえば、それがスタンダードなテキスト、貴重な資料ともなろう。もちろん口伝の芸だけに、落語家は口伝えで芸を学ぶのだから、テキスト(教科書)というには差しさわりがあるにしても。
それを野暮ということなかれ。
再開発で当時の風情が消えて数年すれば、この手の共通認識たる風情や情景に支えられた話芸は(観客の脳内に情景を再生させるメディアが話芸だけに)その存立の基盤を見るまに失っていくのだから。
功績には、死した後長い時間かかって差がつくものもある。
桂米朝の著作は、それを静かに教えてくれる。
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