<アニメ・すべてがFになる>実写をはるかに超える表現力
メディアゴン / 2015年12月3日 15時30分
齋藤祐子[神奈川県内公立劇場勤務]
* * *
見はじめて、冒頭の主題歌のアニメーション部分で「今度はいける」と思ったのはフジテレビ深夜帯に放送されているアニメ「すべてがFになる」である。
1年ほど前に同じ局で放映された実写版「すべてがFになる」では綾野剛はいいとして、相手役の女優はどうも理系女子に見えないし、それ以外は金曜ミステリ的な妙にリアルで猟奇的な密室殺人のトリックが、ただもう「実写にするとこのトリックはこうなるのか、気持ち悪いなあ」という印象しかない。
なにより、タイトルこそ「すべてがFになる」だったが、1話完結の推理ドラマという枠組で行くと決まっていたのか、1クールで1つの事件とトリックでも足りない豊富なエピソードを1話完結にしてしまうという暴挙(?)に出ていた。
結果として、あのおそろしく抽象的でレトリカルな主人公たちの会話や思考の魅力を、見事に全部(ではないにせよ、ほとんど)カットせざるをえない。タイトルこそ「すべてがFになる」だが、森作品の犀川&萌絵シリーズを1作ずつ賞味45分の枠に納め続けることになった。
それで原作ファンが喜んだかといえば、原作のファンである筆者としては、正直「うーん」という気分である。
その作品が今度は1クールの放送枠すべてを費やして、真賀田博士の死亡と逃亡を巡る壮大な物語の序章「すべてがFになる」をアニメ化する。かつ繊細な心理描写にふさわしい卓越した作画や展開、テクニックに満ちていることもあって、ファン満足のクオリティを獲得したといえよう。
もともと森博嗣や西尾維新といった作家のファンは、物語偏愛とも呼ばれるほど独特の嗜好性が強く漫画やアニメファンとのかぶりも多い。そこからすれば、最初から実写は冒険だった、といえなくもない。とかく原作物のドラマ化は原作のファンからは評判が悪くなることが多い。
キャスティングにも、この人にならやって欲しいというファン投票などをして臨んでくれるのでなければ、わざわざドラマ化してほしくないというのは原作ファンの願いでもある。
放映時間帯も、かつてのテレビの解放区と呼ばれた深夜帯で十分。この時間帯はCMもエッジが効いていて面白いし、なによりアニメーションなのでDVDを売るほうが主眼のようで、そのCMや新作のアニメーション映画の宣伝などは視聴者へのターゲティングとしても合っている。
特に放映前にアニメ番組のDVDボックスの売り出し日を決めてCMで告知するのはポイントが高い。これだけクオリティの高い作品なら所有したいというファン心理を十二分にくすぐるからだ。
などなどを考えると放映権の高い、かつ、何かあるとすぐ勘違いな苦情がきて番組のコンセプトや趣旨を曲げざるを得ない、品行方正でなくてはならないゴールデンの時間帯にはもとから用はない、ともいえる。
推理、ミステリの王道として、このシリーズも、実写でまともに表現したら相当凄惨な殺人シーンがかなりの頻度で登場することになるのだから。
ある種の表現には、それ以外のメディアに転写しづらいものが、確実にある。細かな心理描写ということでいえば、日本の漫画やアニメーションはすばらしい表現領域を開拓した。それにくらべれば、映像表現はそこまで追いついてはいない、ということになるのだろうか。
もちろん、1クール3か月で役者の拘束などにも種々制限のあるドラマの現場には、ただでさえ制約が多いだろうことは想像にかたくない。
それ以外の制約はもう勘弁してほしい、ということならば、テレビドラマの表現は、はなはだつまらないところに着地するともいえるのだが、さていかがだろうか。
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