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<テレビ業界の人材難>やる気があるのは留学生ばかり?

メディアゴン / 2015年12月23日 7時30分

高橋正嘉[TBS「時事放談」プロデューサー]

* * *

テレビ番組を制作するプロダクションも、更に管理し放送業務もする放送局でも「新人をどう育てるか」が深刻な悩みになっている。要は「人が育たない」ということだろう。

いや、育たないだけではなく、辞めてしまうということもある。どうやって人材を確保するかが、会社運営の根幹ともなっているようだ。

こう書くとこの中に本音と建前がずいぶん隠されている。それぞれの会社の事情によってもずいぶん違う。それが渾然としている。

人が育たない、どうやったら人が育つのだろう、ということは何処も一緒だ。だがそこからが違う。

面白い番組を作れるやつがそうたくさんいるはずがない。そういう本音が隠されている。待遇の良い会社では辞めない、待遇の良くない会社では辞めてしまうという違いだけだ。

待遇の良い会社では面白いものを作れないのに辞めない人をどうするかが悩みになり、待遇の良くない会社では面白いものが作れるようになっても、居つかずに辞めてしまうことに悩む。人間が必要だという事情は深まるばかりだ。

最近興味深い話を聞いた。映像の専門学校の話だが、ここでもやる気を外に見せる人が減った。やる気に満ちているのは留学生だ。特に中国からの留学生、それも女性だ。学生の一割が留学生だという。

たぶん、これまで放送業界にあった根本的なところでの価値観が変わってしまっているのだろう。誤解を怖れずにいうと、「一攫千金」と「自然淘汰」。これが放送業界のこれまでの基本的な考え方だったと思う。

プロダクションだけではない。放送局にも底流にはこの考え方があった。「面白そうだ」というやつだ。文化的にも最前線にいる。だから、新しい常発信基地として新しいことをやることが出来る。そう考え、この業界に入ってきた人が大勢いた。

それは金銭的なことだけではなく、いろいろな人と出会い、更に飛躍して新しい仕事をしていく、そんな思いをもって卒業して行った人も大勢いた。

逆にうまく適合しない人は競争の中にとどまれないと自分に合う道を探して退場して行った。「一攫千金」と「自然淘汰」・・・そんな価値観はもうとっくに終わり古き良き時代の話だ、と思う人がもう多数になったということだろう。

今は「一攫千金」も「自然淘汰」も管理されるようになった。確かに不当な退場宣告もいけない。だからといって一律に「一攫千金」の方も待遇を悪くすることで管理していくことが良いとも思えない。

「一攫千金」という幻想があったから人が集まる面もあった。金銭的なことばかりではなく、仕事の質でも幻想があった。それが今は難しい。今も「一攫千金」があるのはネット系の新興の媒体だと、皆がみなし始めているのだろう。

ものづくりを目指す集団はテレビ業界から集団移住をしているのかもしれない。ネットの中での映像作りに執着している人の数は、テレビの世界よりずっと多いだろう。

これに対抗するのは簡単ではない。せめて対価は労働量ではなく、仕事の成果だというところに置かないと「一攫千金」の幻想はなくなるだろう。アメリカの放送局が制作をプロダクション化してリスク代も含めて支払うようになっていったのも分かる。

リスクを減らすことが必要だということはわかる。管理をするということも必要だ。だが、まず人を呼び寄せないといけない。その幻想がなければ人は好奇心を持たない。

それが留学生だけというのはやはりさびしい。

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