<スーパーチューズデーでトランプ氏勝利>資本主義的民主制で人類は生き残れるのか
メディアゴン / 2016年3月4日 7時30分
保科省吾[コラムニスト]
* * *
CNNなどによると、アメリカ大統領選の候補者指名争いは1日、全米10州以上で一斉に予備選・党員集会が実施される「スーパーチューズデー」において、共和党は実業家のドナルド・トランプ氏がジョージア、アラバマ、マサチューセッツ、テネシー、バージニア、アーカンソー各州を制した。としている。
3月1日朝のフジテレビ「とくダネ!」では、司会の小倉智昭氏が「トランプが大統領になったらどうなっちゃうのかね」と、遠いよその国の出来事のように笑いながら話していたが、ことは、遠いアメリカだけの話ではないのである。
大金持ちのトランプ氏はこれまでの予備選で数々の暴言を吐いてきた。
・「メキシコ人は強姦魔だ」
・(不法移民を締め出すために)「国境に万里の長城を築く」
・「おい!そんな小汚い子供より、俺を先に助けろ!!金ならいくらでもやるぞ!!」
・「日本の安倍、(米経済の)殺人者だが、やつはすごい。地獄の円安で、アメリカが日本と競争できないようにした。さらに、安倍は(駐日米大使の)キャロライン・ケネディを接待漬けにして(言うことを聞かせることで)、アメリカに打撃を与えた」
・(もし中国などが日本を攻撃したらどうするかという質問に)アメリカが一歩引いても、日本は自ら防衛できるだろう。日本は中国との戦争に勝ち続けた歴史がある。なぜ、アメリカは日本を守ってやっているのか? ご存知の通り、アメリカが日本と結んだ条約は心憎い。なぜなら、他国がアメリカを攻撃しても、日本はアメリカを助けなくてよい。なのに、他国が日本を攻撃したら、アメリカは日本を助けなければならない」
・「米当局が事態を把握できるまでの間、イスラム教徒をアメリカ入国禁止にすべきだ」
・「(9.11に)ジャージーシティ(ニューヨーク近郊、同市の人口構成では非ヒスパニック系白人・アフリカン・アメリカン・ラテン系の比率はほぼ等しい。アラブ系住民・ムスリムの比率が全米で最も高い部類に入り、アジア系の住民も多い)で何千もの人が、世界貿易センタービルの倒壊を見て喜んでいたのを、私はこの目で見た」
・「たとえ私がニューヨーク5番街の真ん中でだれかを撃っても、選挙の票は失わない」
ひどい暴言の繰り返しである。日本なら失脚していると思われるがアメリカではなぜ人気が衰えないのか、不思議なことである。極度の貧困や不公平の蔓延よって苦しむ人々が「戦争に打開策を求めるような熱狂」だと思えば理解できないことはない。しかし、それはあってはならないことだと思う。
トランプ氏は言わずと知れたアメリカの人口の上位1%に属する富裕層である。アメリカの社会哲学者ノーム・チョムスキーは2014年の日本での講演で「過去10年間で、(アメリカの)経済成長の成果の95%が人口の1%(実際にはさらにそのごく一部)に渡っている」と述べている。
トランプ氏は、まさに富を独占する「さらにそのごく一部」の一員なのである。
アメリカは、自由で民主主義の国だと思われている。しかし、少し深く考えるとこの「自由」と「民主主義」は対立する概念であることがわかる。「自由」に振る舞える権利を持っており、自分の都合の良い方向に国を導くことが出来るのは、政治力を持つ富裕層である。
その「自由」をやり放題にさせない決まりが「民主主義」である。「民主主義」を行使する権利はアメリカ合衆国の国民なら、貧困、富裕に拘わらず誰もが平等に持っている。
よって、数の多い人口の99%は、多数決の原理にしたがって権力者の野放図な「自由」に待ったを掛けることが出来るのである。哲学者ニーチェはこれを「奴隷道徳」と呼んでいる。
何も発言力のなかった奴隷が多数の力で集団的な力を得て、強い者を縛るために決めたのが世の中のルールなのである。
アメリカに今ある「自由」はどんなものなのか。
チョムスキーはまず、ベルリン大学創設者・カール・ヴィルヘルム・フォン・フンボルトの言葉を引いて以下のように述べる。(【】引用)
【(フンボルトは)『人間がその多様性を最も豊かに示す形で発展することこそが、本質的に重要なことである』と言っている、これこそが『自由』の本来的な形だ。富裕層の言う“自由”は、それをうやむやにしてしまった。】
また、富裕層はアダム・スミスの考え方を曲解して伝えていると言う。スミスは分業を否定し
「ごく単純な作業だけで一生を過ごし、しかも、その作業の結果もおそらく同じかほとんど変わらない人は、自ら持つ理解力を生かす機会を持たない。その結果、愚かで無知になってしまう、政府がそれを防ぐ措置を執らない限り、民衆の大部分を占める下層労働者は必ず、こういった事態に陥ってしまう」
と。【文明化した社会によって政府が進めなければならないのは分業を防ぐ対策である】とチョムスキーは言う。
スミスはまた
「いかに人間が利己的に見えようとも、人間の本質の一部として例え、自分が何も得ることがなかったとしても、ほかの人の幸福が嬉しいと感じる原理を持っている」
と言う。ところが、【富裕層という人類の支配者たちは「卑しい格言」を持っている。それは「他の人には何もやるな、すべては自分たちのために」と格言である。】
スミスが言った「見えざる手」とは、現代では「市場における自由競争が最適な資源配分をもたらす」という意味に取られているが本来はそういう意味では用いられてはいない。
【資本家たちも自利心と言う名の「見えざる手」に導かれた行動を取るはずであり、「儲けるためだけに自国の産業を空洞化させたりすることはない」というのがスミスの本来の言いたかったことであった。ところがアメリカの富裕層であるネオ・リベラリストたちはグローバリゼイションを唱えて国際的な分業をすべきだと言っている。】
「自分たちだけが儲ける」「卑しい格言」を実行しようとしているのである。アメリカはこのとおりの現状だが日本もまた同じであるか、または超高速で同じ道を走っているように私には思える。
【20年前、メキシコは北米自由貿易協定(NAFTA、カナダ、メキシコとアメリカによって署名され、3か国による自由貿易協定)を結んだが、この「北米自由貿易協定」という言葉のなかで、正確なのは「北米」だけである。】
【NAFTAは自由貿易でも何でもなく、その協定の内容は富裕層を利するための保護主義である】。特に特許に関してはそうである。ストロング・メディスンと呼ばれる巨大な製薬会社やモンサントなどの種苗の特許を持つ会社の巨額な利益に思いを致す。協定の内容は民衆には秘密にされている。【NAFTAが成し遂げたのはメキシコの格差貧困を駆逐することではなく、メキシコにカルロス・スミス(アメリカ・モービル を所有)という世界第2位の金持ちを誕生させただけである。】
【NAFTAから直ちに想起されるのは日本が結ぼうとしているTPPである】。TPPはかつて環太平洋戦略的経済連携協定( Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement )と呼ばれていたがチョムスキーの表現に従えばここで真実だったのは「戦略的」だけである。
どこの「戦略」かというともちろんアメリカの富裕層を利するための「卑しい戦略」である。いつの間にかこの協定は「戦略的」と言う文言を削り、単に環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific Partnership)と呼ばれるようになって本質は見えなくなった。
アメリカの富裕層だけの「戦略」ではないかも知れない。日本の富裕層にとっての「戦略」でもあろう。
アメリカの大統領予備選は長期にわたることが特徴である。長期にわたる「利点」は対立陣営が候補のスキャンダルをあぶり出す時間的余裕を与えることである。
これから泥仕合とも言うべきネガティブキャンペーンが展開されるのがこれまでの特徴であった。ところが今回は趣が違う。既に民衆からスポイルされていいはずのトランプ氏が勝ち残っている。
トランプ氏は大統領になったら恐ろしいことが起こりそうな気がするのである。
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