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<奨学金という名の学生ローン>「緩やかな基準で選考」する奨学金こそ害悪

メディアゴン / 2016年7月19日 7時30分

高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

* * *

 「有為の志を持つ人間でありながら、家庭の経済事情が許さず上級学校に進学出来ない青年に教育生活資金を援助する」

これが奨学金の役目であろう。貧困の連鎖を断ち切るのは「教育」だと考えた場合、これは必要不可欠なものである。

しかし、これまでの貸与型奨学金が大きな弊害を持っていることは、多く喧伝されているとおりである。筆者はある中小企業の採用面接に立ち会い、その弊害を目の当たりにした。

ある青年は高校も含め大学4年間総計で500万円の奨学金を受け取った。就職すればその返還が始まるが、つまりそれは、500万円の借金をしょって社会人を始めることに他ならない。地方の私立大学を卒業し、新たに部屋を借りて東京で暮らし始める青年の姿を想像すると暗澹たる気持ちになる。

【参考】<おっさん若者?>椎木里佳氏の古すぎる感性は「現代の若者」の縮図

これが異常な状態であることは誰の目にも明らかだ。その企業の手取り給料は15万円に届かない。そこから500万円の借金を毎月返していくには、どのような暮らしをしなければならないのか。もっと給料の良い企業を探した方が良いと、思わず口からでそうになる。

もちろん、奨学金という名の借金500万円を背負って新社会人を始めなければならないこの青年の事例は決して特殊ではない。現在、大学生の奨学金受給率は50%を超えているからだ。

多くの学生が、一般的には「多額の借金」と判断せざるを得ない「奨学金の返済」を抱えている。これでは「奨学金」とは名ばかりで、学生ローンだ。青年は何もやましいことはしていないのに、いつの間にやらローン地獄に巻き込まれていたのである。

ところで高等教育を受けるために奨学金を得るには「成績が良い」ということが前提であると考えがちだ。しかし、現在はまんざらそうでもないようだ。

日本育英会の後継団体である「日本学生支援機構」の奨学金には2種類ある。

まず、「第一種奨学金(無利息)」であるが、これは、専修学校(専門課程)、高等専門学校、短期大学、大学、大学院に在学する学生を対象とし、「無利息」で一定額を貸し付けるという奨学金だ。本人の成績及び経済状況により選考される。

そして、「第二種奨学金(利息付)」は、対象は上記と同じであるが、「利息付」で一定額を貸し付けるというもの。本人の成績及び経済状況により選考されるとあるが、第一種の選考基準よりも「緩やかな基準」で選考されるのだという。

筆者にはこの「緩やかな基準で選考」に大きな問題があると考える。

【参考】学校の「一斉授業」は人生の貴重な時間の無駄?

筆者の印象では日本学生支援機構はもはや町の金融会社と同じであり「上級学校に進む者なら成績など関係無く、どんどん貸して利益を上げろ」と言う方針のようにしか思えない。「これで奨学金と言えるのか」と思っているのが筆者だけでないからこそ、今、色々と話題になっているのだ。

第一種(無利息)には成績の基準点があるが、第二種(利息付)の場合、基本的には家計基準のみで選考しているようだ。学資を借用したい学生が、概ね奨学金を受けとれるようになったことは良いが、それが「単なる学生ローン」では本末転倒だ。

奨学金という名の「学生ローン」の安易な貸付が乱発された結果、無利子(第一種)の滞納者数・滞納額がほぼ横ばいである一方、有利子(第二種)の滞納者数・滞納額が大きく増加している。

貸す方にも返す方にも不幸を呼び込むこんな安易な貸し付けがなぜ行われるのか。

その答えは明白で、18歳人口の減少と逆行するように増加した大学数。雨後の竹の子のように生まれた短大、大学の経営を守るためには、どんどん大学生を生み出さなければならない。その学資を安易に貸し出すことで、大学生数を増加させるしか、大学の経営を維持させる方法はないわけだ。

そもそも、学生が集まらないような大学はニーズがないのだから、自然な競争原理で見れば潰れれば良いわけで、守る必要は無い。しかし、監督官庁である文科省の省益を守るがためにそれも出来ないのが現状だ。

【参考】<覇気のない大学生を量産するな>下村文部科学大臣の思い付き「大学無償化」に反対

貸与型奨学金の弊害が叫ばれる中、その原因を改善せず、ただ、給付型奨学金を増やそうというのではナンの解決にもならないのは明らかである。

もちろん、各大学に設けられた奨学金や民間の財団などでは、給付型(返済不要)の奨学金も様々に存在している。それらはいづれも目的や用途に応じて、応募者(受給者)の条件を厳しく設定しているものばかりで、成績はもとより、様々な課題をクリアして授与される、本来の意味で「優秀者への奨学金」「特殊な事情のための奨学金」だ。

誰でもがもらえるわけではないが、厳しい条件をクリアすることで、勝ち取る返還不要の奨学金は、本来あるべき姿の一つだろう。

なみに大手広告代理店・電通が設立した公益財団法人電通育英会の大学給付奨学制度には以下のように書いてある、

 「当財団の指定大学および学部・学科・系統一般枠指定大学(55校)」

そこには、難関とされる国公立大学40校と、有名・名門私大とされる私立大学15校のみが奨学金の受給対象の大学として指定されている。

もちろん、この奨学金の制度が、電通による「優秀学生の青田刈り」であることは分かっているが、それでもなお、奨学金にはこのくらいの成績基準はあってしかるべきだと思う。

文科省は大学進学率の国際比較「日本の大学進学率はOECD各国平均に比べると高いとは言えない」と題し、それが51%だと報告している。さらに「先進諸国の多くが、大学進学率を上昇させる中で、日本の伸びは低位」などとして危機を煽るが、実際には、イタリア49%、スイス44%、ドイツ42%だ。

51%という学進学率の数値は充分すぎるほどではないのかと筆者は思う。むしろ闇雲に大学に進まねばならない同調圧力を作っている方が問題ではないだろうか。

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