<巨星、堕つ>大橋巨泉さんとの想い出
メディアゴン / 2016年7月21日 7時40分
高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
* * *
スタッフは畏敬と親しみを込めて「巨ちゃん」と呼んでいた。その「巨ちゃん」こと大橋巨泉さんが亡くなった、82歳であった。
筆者は、巨泉さんとは「世界まるごとHOWマッチ」「ギミアぶれいく」「報道スクープ特大版」など多くの番組で仕事をさせていただいた。その押し出しの強さから誤解している人も多いが、筆者から見れば巨泉さんは数少ない「制作者側に立ってモノを考えてくれる出演者」であった。
「世界まるごとHOWマッチ」でのこと。最若手の取材ディレクターと編集室で打ち合わせをしていた。そこに、巨泉さん本人から若手ディレクター宛に、直接、電話がかかってきた。
用件は既に渡してあったVTR素材の直しについてである。これは通常ルール違反である。出演者がプロデューサーやチーフディレクターを飛び越えて伝えることはない。それを直接伝えてきた。
若手ディレクターは「はい、はい」と直立して肯きながら電話を聞いている。丁寧に電話を切ったディレクターの顔は少し上気している。無理もない。直接巨泉さんから電話がかかってきたのだ。しかも編集所まで居所を探した末にかかってきたのだ。
「どうすんの」とディレクターに聞くと「巨泉さんの言うとおりに直します」とディレクターは言う。筆者は「プロデューサーに相談したら」と助言した。
ディレクターは「やっぱり巨泉さんが言うのが正しい、その通りだ」と独りごちている。巨泉さんは理路整然と丁寧になおす点を指摘してくれたのだという。
自分の都合で直しを命じる出演者は多い、だが巨泉さんのように番組全体の構成を考えてくれる人は少ない。
「報道スクープ特大版」ではこんなことがあった。巨泉さんは仕事が忙しく、VTRも仕上がりが遅れている。結局、VTRの打ち合わせは収録当日の朝になった。
その日に見せた、ひとつのVTRの出来があまり良くなかった。スタッフはみなそう思った。もちろん、巨泉さんもそう思った。そして巨泉さんは猛烈な勢いで直しの指示をする。しかし、収録はその日の午後だ。
言うとおりに直すのには時間がなさ過ぎる。「出来るところまでやってみます」とプロデューサーは言って、担当ディレクターは編集所に走った。
【参考】<永六輔さんの思い出>白髪で背の高いワケの分からないことを喋っているじいさん?
本番になった。いよいよ、問題のVTRを出す時刻がやって来た。精いっぱい直したが、理想には遠い。巨泉さんは当然事前にそのVTRは見ていない。そして、番組で巨泉さんがそのVTRを出す直前に、こう紹介したのである。
「次は、僕が一番気に入った今日最高の出来のVTRです」
通常、あまり良くないときは大きなフリはしない。ハードルが上がるからだ。でも。この場合は例外だ。巨泉さんという大物司会者が最高というVTRはすごいに違いないと見る人に思わせることを狙っているのである。巨泉さんが太鼓判を押すVTR、見る人は魔術にかかる。巨泉さんがスタッフの直しを信じたとも言える。VTRの直しは、思いのほか、良く出来ていた。サブの全員が、もちろん担当のディレクターが一番笑顔だ。
「世界まるごとHOWマッチ」のオープニングでは、巨泉さんは必ずジョークをひとつ披露した。アメリカのTVショウが理想なのである。ある回のことである。
巨泉「東西のドイツが統一することになったとき、色々もめたことがあったんですが、中でも最後までもめたのは通貨のことなんですねえ。どのくらいのレートで交換するか、もめにもめました。でも最後は話し合いはまとまった」
巨泉さんは一息つく。
巨泉「通貨がマルクだけに、まるくおさまった」
ビートたけしさんが突っ込む
たけし「ダジャレじゃねえか」
そのやり取りを石坂浩二さんが微笑みながら見ている。
巨泉さんは、少し恥ずかしそうにしていた。
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