<リオ五輪レスリング>アナウンサーがルールを理解しないままミス実況
メディアゴン / 2016年8月26日 7時50分
両角敏明[テレビディレクター/プロデューサー]
* * *
「大変申し訳ない放送をしてしまいました」と実況中のアナウンサーが謝罪するというのは、長年スポーツ中継を人並み以上に視てきたと自負する筆者にとっても前代未聞のできごとでした。
NHKの太田雅英アナ、大相撲中継で知られ、自身が有段者である剣道、サッカー、野球なども担当してきた方です。レスリング中継の経験はわかりませんが、相性か運かどちらかが悪かったようです。
問題の試合は男子フリースタイル74kg級2回戦、高谷惣亮選手とフランスのゼリムハン・ハジェフ選手の一戦です。解説は双子のレスリング選手として知られる北京のメダリスト・湯元健一さん。
太田アナ、のっけに湯元健一さんを弟の湯元進一さんと言い間違える痛恨のミス。なんだか中継は荒れ模様の予感です。
試合は、開始早々に高谷選手がバックを取られます。2点を失ったかと思われましたが解説によれば、コントロールされていないという判定だろう、ということで事なきを得ます。その後、開始2分02秒に高谷選手が消極的と判断され「警告」を受けるとともに「アクティビティタイム」で仏選手に1ポイント。
*同点で試合が終わった場合、「警告」を受けた選手が負けになる。
*消極的で注意を2回以上受けた場合「アクティビティタイム」の30秒以内にポイントをとらないと相手に1ポイント。
開始3分11秒、高谷選手がタックルから相手を場外に押し出して2ポイント。開始4分18秒、高谷選手再び消極的とされ、「アクティビティタイム」で仏選手に1ポイント。これでポイントは2対2。
*同点で試合が終わった場合、ビッグポイント(より大きな技)でポイントを取った方が勝ちになる。
開始5分38秒、仏選手がタックルからバックを取って高谷選手2ポンイントを失い、2対4。開始6分00秒、高谷選手がぶり返しで2ポイントを取り4対4の同点で試合終了。この技に対し、仏側が再判定を求めて「チャレンジ」し失敗。
*「チャレンジ」に失敗した(判定がくつがえらなかった)場合、相手に1ポイント与えられる。
試合は同点で終わりました。太田アナは同点ではルールにより消極的との「警告」を受けていた高谷選手の負けと思っています。ですから、すでに勝ちが決まっている仏側が、高谷選手の最後の技になぜ「チャレンジ」したのかが理解できません。
【参考】なぜテレビは安易な五輪メダリストたちのインタビューを流すのか?
仏側のボーンヘッドで、無用の「チャレンジ」をあえてしたがために「チャレンジ」失敗で高谷選手に1ポイントが入って5ポイントとなり、4ポイントの仏選手に逆転勝ちしたという理解だったのです。
たしかにレスリングには「同点で試合が終わった場合『警告』を受けた選手が負けになる」というルールがあります。ところが「同点の場合、ビッグポイント(大技)の数とラストポイントを取った選手が勝ち」というルールもあるのです。
この試合のビッグポイントは2ポイントです。これを高谷選手は2回取っています。相手の仏選手は1回です。だから同点の場合ビッグポイントの数の差で高谷選手の勝ちということになります。もちろんラストポイントも高谷選手です。仏側としては「チャレンジ」して判定を覆さないかぎり勝ちはなかったのです。
このルールに気づいていない太田アナ。解説の湯元さんの説明が曖昧で言葉足らずだったこともあり、太田アナはなかなか理解しません。飲み屋論争のような少し感情的ともとれるやりとりが続きます。
試合の勝敗を伝えるもっとも大事なところのルールを間違って放送したかどうかという、アナウンサーとしては絶対にあってはならない事態でしたから、太田アナも容易に譲ることもできず、その結果として5分近くルールについてもめるという、前代未聞の放送になってしまいました。
結論としては太田アナがルールを正確に理解しないまま実況していたということですから、アナウンサーとしてはかなり恥ずかしい失態ということになります。
しかし、一方でレスリング競技の方にも問題があるように思えるのです。まず、ルールがいくらなんでも複雑すぎませんか。
数年前、 IOCの理事会でレスリングはオリンピックから除外される競技の候補になりました。一部に理由が、試合時間が長くルールがわかりにくいことにあると言われました。
そこでレスリング界は大幅にルールを変更しオリンピックに残りました。しかし同点の場合の処理についてだけでも前述のとおりで、ルールは今もってあまりにわかりにくいと指摘されています。
【参考】<普段の番組が見たい>オリンピックばかりのテレビに飽きませんか?
わかりにくいのはルールばかりではありません。テレビで視ていてると判定もわかりにくいのです。タックルからバックを取られてもポイントとなるケースとならないケースがあります。相手をコントロールしていたかどうかによるのだそうですがその違いは観客にはわかりません。
相手をマット外に押し出すポイントも、押し出したのが「試合の流れの中で」なのかどうかによりポイントになったりならなかったりします。「試合の流れの中で」ってかなり曖昧です。
消極的かどうかを判断しての「アクティビティタイム」ですが、この基準も素人にはわかりません。さらに失敗の場合、何もしていない相手に1ポイント付加するのもほかの競技にはないやや疑問のルールです。
反則かどうかの判定基準も良くわかりません。57kg級の決勝で、相手が樋口黎選手の指を押さえて逃げ切った試合を解説の湯元健一さんは「審判に決められたような試合」と評しました。
この試合、「こんな判定では・・・」と口にするほど全体を通じて審判の判定に疑問を持っていたようで、かなり強い調子で怒っていました。テレビで視ているかぎり、指を持っているかどうかは見えません。指ばかりか手をつかむのも「防御のためにつかみ続ける」のは反則のようですが、防御のためか攻撃のためかは観客にはわかりません。。
正式に放送事故とされたかどうかはともかく、太田アナウンサーのような悲劇はレスリングという競技のわかりにくさから生まれたものだったような気がします。
リオではレスリングは男子も女子も大活躍でした。東京オリンピックでも有望種目のひとつです。東京ではルールや判定を公平でわかりやすいものに改善し、もちろん、テレビを視ていても優劣、勝ち負けわかりやすい競技になると良いのですが。
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