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<消される笑い>日本の「風刺」の笑いがおもしろくない理由

メディアゴン / 2017年5月7日 7時30分

高橋秀樹[放送作家]

* * *

「風刺」はなぜ面白いのか。そのことを考えると、なぜ「日本の風刺」は面白くなのか、に行き着く。

「風刺」とはなにか。辞典を引いてみると、次のように書かれている。

 *風刺(satire)とは、 多くの場合、変化を誘発あるいは阻止する意図をもって、主題(人物、組織、国家など)の愚かしさを暴きだし嘲弄する。
 *個人の愚行、政治の欠陥、社会の罪悪などに対する批判や攻撃を、機知に富んだ皮肉、あざけり、あてこすりなどの形で表現した詩文。

ようは風刺とはおおざっぱに言って「人の悪口」のことなのだ。というよりも、「悪口」そのものである。

長年、放送作家としてお笑いに携わってきた筆者であるが、この「風刺」という笑いがあまり好きではない。その理由は、「日本では、おもしろい風刺に出会ったことがないから」に尽きる。

風刺には以下のように段階があると思われる。

 第1段階:ただ単に例示する(ex)「お前は森友学園か」
 第2段階:指摘する(ex)「お前は森友学園か」「なんでや」「頭の中産廃が詰まってるやろ」
 第3段階:少し機知をきかせて展開する(ex)「お前は森友学園か」「なんでや」「頭の中産廃が詰まってるやろ」「そんなん、なんで分かるねん」「あんた、お名前は?」「アベアキエです」「危ないこと言ってんじゃないよ」

サンプルとはいえ、自分でネタを考えておいてなんだが、まず、これはおもしろいのか?という疑問が湧く。しかし、これ以上の段階の風刺を作るには「命がけ」であることが必要になると思う。

2015年1月7日、パリ11区にある風刺週刊誌を発行している「シャルリー・エブド」本社に覆面をした複数の武装した犯人が押し入った。警官2人や編集長、風刺漫画の担当者やコラム執筆者ら合わせて、12人を殺害したシャルリー・エブド襲撃事件を記憶に留めている人も多いだろう。

この時は宗教の風刺がきっかけであったが、ふだんはフランス歴代大統領のミッテラン、シラク、サルコジを各自の墓の上に並べた政治風刺が主なものである。いづれにせよ、思想信条に関わる部分だけに、命がけだ。

これまで日本に風刺がなかったわけではない。シャルリー・エブドとまではゆかなくても、日本でも同じような事例はもちろんある。歴史的に見ても、川柳や狂歌など、風刺の文化は十分に成熟しているようにも思う。

例えば江戸時代の狂歌、

 「白河の清きに魚も 住みかねて もとの濁りの 田沼恋しき」

などは有名だ。賄賂政治で汚職の象徴だった田沼意次の失脚後に改革を断行した松平定信(白河藩主)の政治が、クリーンを追求しすぎたため、むしろ生きづらいく感じる(ので、田沼時代の方がなくかしい)という見事な風刺だ。

徳川家斉がモデルなどの噂がでた、柳亭種彦の『偐紫田舎源氏』。著作が禁令を犯したということで、手鎖50日の刑を受けた山東京伝。これらは、江戸時代の日本では風刺が影響力のあるメディアとして、エンターテインメントとして庶民に広がったことを示す。

しかし、明治維新になると、この風刺を行うことが急に窮屈になってくる。

第二次大戦期に入ると更に窮屈になり、やがて敗戦後になると次第に楽になっていった。戦後の1954年(昭和29年)に文藝春秋新社から発行された「漫画讀本」で、筆者は『天皇一家の大晦日』と題した昭和天皇を描いた風刺漫画を見たことがあるが、これなどは戦中・戦前ではあり得ないことだろう。

【参考】<バラエティ番組のテロップは誰のため?>テレビのテロップ過剰が若者の「聞く力」を奪う(http://mediagong.jp/?p=4510)

それでも、平成29年の今日になって改めてメディアを見渡してみると、また風刺が窮屈になってきているように思う。

立川談志という落語家が居た。日本テレビ「笑点」の生みの親としても知られる。この人は古今亭志ん朝と並ぶ名人だが、国立劇場の落語研究会には一度も出してもらえなかった。「危ない」「何を言い出すか分からない」と、毛嫌いされていたからである。

「落語は人間の業を描く」という主張が談志の真骨頂である。何を言い出すか分からないから談志の落語はおもしろいのに・・・と筆者は思っていたのは筆者だけではないだろう。

1975年(昭和50年)頃、上京してきたタモリが演じる野坂昭如、寺山修司といった人物の物まねは、思想物まねでもあり、風刺色いっぱいで一部の人に熱狂的に迎えられた。だが、1982年(昭和57年)『森田一義アワー 笑っていいとも!』が始まったことで、それらは封印され、お茶の間の人気者になった。

『ものまね王座決定戦』にはコロッケと栗田貫一という好対照の芸人が居る。栗田貫一は完全コピーを目指す物まねであり、コロッケは風刺を効かせるからかいの物まね芸人であった。コロッケには放送禁止というか、タブーなネタは多そうだ。

最近の物まねでいえば、山本高広の織田裕二まねは、風刺が効きすぎて封印されていた。

さて、今の風刺はなぜおもしろくないのか。その答えは、現行の風刺ネタがありきたりの線を越えることができず、中途半端だからではないかと思う。

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