前川元次官の出会い系バー通いは本当に「女性の貧困の視察」のためかもしれない
メディアゴン / 2017年6月2日 7時30分
両角敏明[テレビディレクター/プロデューサー]
* * *
前川喜平前文科次官の告発会見を受けた政府側の反応は異様でした。菅官房長官は記者会見で、天下り問題では地位に恋々とし、出会い系バーで女性にお小遣いを渡すなど・・・と前川氏の人格を貶める「口撃」に語気を強めました。
いずれも加計学園問題とは無関係の話です。この手法は籠池氏を信用ならない人間と攻撃したのと同じですが、攻撃の内容、言葉の選択、表情や言い回しの冷酷さは籠池氏の時の比ではありません。この政権の振る舞いに異様さと恐怖感をおぼえた方も少なくないでしょう。
これと呼応するように、いつも政府側の情報を柔らかく伝えるコメンテーター、時事通信の田崎史郎氏のテレビ発言もいつになく余裕のないものでした。TBS「ひるおび」では勢い余ってか、政府の姿勢は前川証言を「殺す」とまで言い出したのには驚きました。
さらに田崎氏は、5月22日に読売新聞が「前川前次官出会い系バー通い」と伝えた記事について政府筋からのリークが囁かれる中、筆者の知る限り田崎氏はただひとり「読売の独自取材」と断言し、返す刀で「会見で前川氏はこの件を聞かれた時に大粒の汗をぬぐっていた」とコメントしました。あの会見場は暑く、当初から前川氏も弁護士も汗をぬぐっていたのですが。
読売テレビの「ウエークアップ+」では読売新聞の特別編集委員・橋本五郎氏が政府筋から読売へのリークかどうかの質問にストレートには答えず、「教育行政のトップがこういう所に出入りするのを無視して伝えなくて良いのか」とのみコメントしました。
それにしても読売の記事は不可解です。前川氏が買春などの不法行為もしくは破廉恥な行為に及んでいたという事実を掴んではいません。記事に書かれたファクトとしてはおおっぴらに営業している店へ行っていたというだけの話です。前川氏の説明も取材に応じなかったとして記事にはありません。およそ天下の読売新聞が書くほどのネタではありませんし、取材もまったく不十分です。
【参考】<山口敬之氏重大事案>深層徹底解明が不可欠 -植草一秀(http://mediagong.jp/?p=23033)
掲載も昨年末までの出来事なのに記事になったのが半年後の5月22日で、加計学園問題で前川氏の名前が世間にチラチラしてきたタイミングです。さらに東京・大阪・西部の3本社共通で社会面、3段見出しという、元大阪読売の事件記者大谷昭宏氏が言う「わけあり」扱いです。
この記事が政府筋からのリークによるものか読売独自ネタなのかはともかく、もし加計学園問題で政府が窮地に立つ前に前川氏を牽制するオトナの忖度で大読売が書いたとしたら、それはあまりに怖ろしい話です。
しかし、読売のこの記事にある種の恐怖を感じると同時に、一方で事務次官であろうが男は男、こういう店へ行くのは男の性かもしれないと思ったのも事実です。テレビでも、前川氏の「視察・見学」という説明に多くのコメンテーターたちが失笑し、菅官房長官の思惑通りの展開になっていました。
一方で記者会見での前川氏の語り口は誠実で理路整然としており、それは出会い系バーの話でも変わることはなく、嘘や印象操作の臭いを感じることはありませんでした。その誠実さは前川氏が天下り問題で国会に呼ばれた時の答弁を思い出させました。
自身の責任を問われて前川氏は「万死に値する」と言い切りました。退職後とは言え、役人が自己弁護の欠片もなく自身を「万死に値する」と断じるなど見たこともなく、強く印象に残りました。その連想から、もしかしたら、「出会い系バーで視察・見学」という前川発言は必ずしも失笑すべきものではないかもしれないと感じたのです。
むかし前川氏に似た人がおりました。元大阪読売新聞社会部長・故黒田清さんです。映画になった「誘拐報道」をはじめスクープを連発し、勇名をはせた大阪読売新聞社会部・黒田軍団のリーダーです。筆者は当時の大スクープ「武器輸出」を出版された時に取材させていただきました。
社会部とは言え、6つほどの事務机を向かい合わせに並べただけの狭い空間に降版時間がせまり、切迫感と緊張感がはち切れそうな中で黒田さんにマイクを向けました。喧噪の中ですが若い記者からベテランデスクまで、大勢が聞こえるところで黒田さんは声音を弱めることなく次のようなことを答えました。
かつて新聞記者は戦争を止めることが出来なかった。そのためどれほど庶民が塗炭の苦しみを味わったか。新聞はその責任を負わなければならない。新聞記者はこのことを忘れず、絶対に2度と戦争をさせてはならないという想いをしっかりと胸にして新聞を作っていかなければならない。
この人はすごいなと思いました。語られた内容ではありません。抜いた抜かれたで鎬を削る事件記者たちが目をつり上げて追い込んでいるその場で、彼らを指揮する社会部長ともあろうオトナ中のオトナが、なんの衒いも躊躇もなく、書生論あるいは理想論のような青臭い言葉を平然と語っている姿が奇跡のように思えたのです。
事実として黒田さんの行動はその言葉のままでした。庶民に寄り添った紙面作りに徹し、戦争に対する想いから、毎年記者たちと手作りで「戦争展」を開き続けたりしました。しかし、渡辺恒雄氏との確執から黒田軍団は解体され、退社後、信念を曲げずに自身で小さな新聞社を立ち上げます。この時ただひとり黒田さんと行動を共にしたのが軍団の番頭格だった現在TVコメンテーターの大谷昭宏氏です。
出会い系バーに何度も通って女性の貧困についての知識を深めていた、という青臭い弁明などにわかに信じがたいという「オトナの常識」は筆者にもあります。しかし常人には信じがたい青臭い書生論であっても、黒田清さんのようにそれを本気で実践する奇跡のようなオトナも実在するのではないか、とも思いはじめました。
【参考】ニュースサイトが排除する山口敬之氏重大情報(http://mediagong.jp/?p=22867)
そうした気持ちでいた5月28日、BS-TBSの「週刊報道LIFE」は前川氏の退職後のボランティア活動を報じていました。場所も団体名も明らかにされていないのですが、ある地方で貧困などの事情から教育を受けられなかった高齢者に勉強を教える活動をしている団体に、前川氏は毎週新幹線に乗って教えに来ていると言うのです。
主宰者は「万死に値する」と言った国会の日も背広姿のまま来てくれたと言い、読売新聞が記事にする以前から、女性の貧困問題に興味があって出会い系バーのようなところへ行ったりしていると自ら話をしていたと証言したのです。
この番組を視て、少なくとも前川氏にとって出会い系バー通いは人の目から隠れるような行動ではないことは明らかで、常人には信じられなくても、この人は本気で女性の貧困について知るために出会い系バーで「視察・見学」を繰り返していた奇跡のオトナなのかも知れないという思いが強くなりました。
その後の各社の報道に前川氏の買春やいかがわしい行為の証言はありません。逆に当該店の店長が「月に1、2度来たジェントルマンという印象」を語った報道もあります。週刊文春には前川氏に救われたという女性の記事もありました。
さらに前文科次官という肩書きをはずしひとりの社会人として、貧困による教育差別と戦うNPO活動への参加や、障害を持つ子どもたちへの教育をサポートするボランティア活動なども証言されています。
このような、見方によっては青臭い前川氏の行動について、文科省で前川氏の4年先輩である寺脇研氏は、40代の前川氏は若い役人たちと議論を交わす場を持ち、その会の名前が「青草(臭)書生塾」であったと言っています。
真偽を断定する材料はありませんが、前川氏は心底から貧困と教育の関係に強い関心持ち、そのためなら青臭い書生論を堂々と実践する奇跡のオトナである可能性がゼロとは言えないのではありますまいか。
もし出会い系バー通いが前川氏の説明通りの行動だったら、読売の記事は取材不足による事実無根の誤報であり、菅官房長官の攻撃はひとりの国民に対する無根拠の誹謗中傷ということになりかねません。少なくとも今の時点では菅官房長官の印象操作を丸呑みしない方が良さそうです。
それにしても何かにつけ昨今の安倍内閣の対応は強権的で怖すぎませんか。とりわけ河野統合幕僚長の、「自衛隊の憲法明記は個人的にはありがたい」発言の容認には強い恐怖感を感じました。
肩章をつけた制服組のトップが、個人的な発言などという理屈の通らない公式会見の場で、憲法改正という極めて政治的な発言をしたのです。政治的行為は明らかに違法でありシビリアンコントロールを無視しています。
本来なら防衛大臣が厳しく対処すべきところを、防衛大臣はおろか総理、官房長官まで「個人的な発言で問題ない」と容認したのですから驚愕です。軍部の台頭を政府が制御できなかったことが戦争へ突き進んだ要因のひとつであった歴史から生まれた法があまりに簡単に無視されています。
安保法制も共謀罪も、籠池問題、加計問題も国民の過半が納得していません。これほど繰り返し国民の意向を無視し続けても安倍政権への支持率はまったく下がりません。結局の所、安倍政権の強権横暴を知りながらすべてを許しているのが日本国民ということになります。未来にとって何より怖ろしいのはこうした「国民の寛容」に違いありません。
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