デタラメな「偏向メディア批判」の大嘘記事を拡散した国会議員
メディアゴン / 2017年9月14日 7時30分
両角敏明[テレビディレクター/プロデューサー]
* * *
今に始まったことではないのですが、右から左から「メディアが偏向している」という声があります。しかしほんとうに偏向なのかどうか、判断に客観性を求めるのはとても難しいようです。
たとえば、TBS系の生ワイド番組「ひるおび!」。ある一部の方々からは「ウソおび!」「左翼プロパガンダ偏向番組」と言われ、別の一部からは「田崎史郎大活躍の政権忖度番組」と言われたりしています。
NHKについても前文科事務次官・前川喜平氏から最初にインタビュー取材したのに放送しなかったのは政権への忖度が働いたからではと疑問視され、一方で政権が存在しないとした文科省の文書をすっぱ抜いたことなどから報道姿勢が反政権的であると指摘する方もいます。
日本テレビも、読売グループであることから親安倍政権傾向が強いと受けとめる方も多いのですが、読売テレビ出身のキャスター・辛坊治郎氏が言うには、読売グループでは日テレは昔から左なのだそうです。
同じく親政権傾向が強いと言われるフジ・サンケイグループのフジテレビですが、自衛隊日報問題で稲田朋美防衛大臣(当時)の発言が虚偽である可能性を示したメモを独自に入手するなど、安倍政権が眉をしかめそうなスクープを続けてもいます。
テレビ朝日の「羽鳥モーニングショー」や「報道ステーション」も姿勢が反安倍政権であるという声がある一方で、このごろ森友・加計問題をやらなくなったのは何らかの圧力に屈したのではと苦言を呈する方々もいます。
【参考】<印象操作をするテレビ報道>メディアは「事実」を重んじなければ信用されない
同じ放送を視ていても、視る人の立ち位置によって印象が180度違ってしまうようです。かなりの年月、生ワイド番組の現場にいた筆者の経験では、番組が意図的に「反安倍で行こう」とか、逆に「親安倍で行こう」などという方向性を持っていたことはありません。番組の指針はいつも「視聴者の興味関心」でした。
ニュース番組ならば「何を伝えるべきか」も重要なファクターでしょうが、生ワイド番組ではどのネタをやれば視聴者の興味関心ニーズを満たすことができるかが最優先です。そのために、どの生ワイド番組も自番組と裏番組の視聴率推移を分刻みで分析しています。森友・加計問題が連日続いたのは視聴者の興味が高いレベルで継続したという視聴率データがあったからに違いありません。
ネタを決めた後は切り口を考えます。視聴者は「謎」、「新事実」、「疑惑」などが大好物です。モリカケ問題のように大きな「謎」があり、次々に「新事実」が出てきて、たくさんの「疑惑」がいつまでも晴れないというネタなら切り口も豊富で、視聴者の興味が尽きることはありません。今もって一般の興味関心は強く、9月末からの国会でも新たな切り口がたくさん出てきそうです。
しかし、それだけに事は簡単で、政府が具体的な根拠をもって「事実」を示し、「謎」や「疑惑」を払拭していれば視聴者の興味関心は一挙にしぼみ、今頃はモリカケ問題など過去の話になっていたはずなのですが。
このように、こと生ワイド番組に関しては、基本的に視聴者ニーズをベースに作られており、意図的に「偏向」していることはないと筆者は考えますが、左右どちらからの「偏向批判」もそれぞれの見方から生まれるものですから、なくなることはないのかもしれません。
どちら側からにせよ、批判は自由です。ただあくまで事実をもって為されなければなりません。まったく無根拠の言いっ放しはデマでしかありません。以前、ネット上でひどい記事を読みました。
*各テレビ局の生ワイド番組のほぼすべてを「I制作会社」が実質的に乗っ取り、反安倍政権の偏向番組を作っている。
*「I制作会社」のK社長は在日で反日。
*インタビューでは劇団員を雇って都合の良いことを話させ国民を洗脳。
*同じVTR素材を各社の番組で使い回すことで(コスト)効率を上げている。
このほかにもいろいろと書いてありましたが、あまりに荒唐無稽のデタラメでしたので、まさかこんな記事が拡散するとはまったく思いませんでした。
「I制作会社」は業界で知らぬ人がいない老舗の制作会社です。主に情報番組やドラマなどを得意とし、情報番組については基本的にADやディレクターのスタッフ派遣が中心です。半世紀以上の歴史を持つ会社ではありますが、この会社が生ワイド番組を「乗っ取っている」などということは法的にも業態上からもありえません。
【参考】メディアが「報道」ではなく「広報」になった国は必ず衰退する
常に番組の最高権限と責任は局のプロデューサーにあります。局の責任のもと、局スタッフと複数の制作会社のスタッフが混然となって制作されるのが生ワイド番組です。
次に、写真まで載せられたKさんは実在しますが「I制作会社」の社長ではありません。それどころか、この会社に所属すらしていません。在日の方でもないそうです。「I制作会社」の社長は筆者も知るTさんで、長髪に髭を蓄えいつも飄々とした方です。
インタビューは劇団員などに都合の良いことをしゃべらせる・・・などをすれば、すぐにバレて番組の即刻取りつぶしか、それ以上の大問題になっています。なお、言うまでもありませんが、VTR素材の著作権は各局に帰属しており、他局で使うことはもちろん、制作会社が勝手に使うことなど許されません。
いずれもいちいち説明するのもバカバカしいほどですが、理由なく嘘八百を書かれたKさんと、営業妨害にあったような「I制作会社」はほんとうにお気の毒でなりません。筆者には「もう、かんべんしてよー」というT社長の口グセが聞こえてきます。
Kさんおよび「I制作会社」に対する無根拠の誹謗中傷であり、著作権に関する法的無知も含まれているこのヨタ記事が最近一部の新聞に取り上げられました。まともなオトナならすぐにも分かる大嘘を頭から信じこみ、何ら確認することもなく自身のツイッターで紹介した上に拡散を呼びかけた公人がいたのです。
それがメディアの偏向について語っている現職国会議員だというのですから驚きです。自民党の長尾敬衆院議員(比例近畿)で、非常に右傾向が強い安倍総理シンパの方だそうです。
まさか安倍総理応援のためにフェイクと知りつつ拡散させたわけではないでしょうが、真偽混交が常識のネット記事に対しあまりにもいい加減で軽率すぎます。後になって記事のデタラメさに気づいた長尾敬議員はこの件をツイッターから削除し謝罪しましたが、国会議員なのですからデマを積極的に拡散させた責任は非常に重いものがあります。「デマ」の罪深さは「偏向」よりもはるかに深刻です。
なお、筆者の知る限りこの問題を取り上げたテレビの生ワイド番組は無いようです。この国会議員と違って、元の記事があまりにバカバカしすぎて、取り上げる気にもならないのでしょう。
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