又吉直樹の初脚本ドラマに感じた「説教臭さ」
メディアゴン / 2017年12月30日 7時30分
高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
* * *
12月26日、「火花」で芥川賞を受賞した芸人・又吉直樹が、初めて「脚本」を書いたことが売りのNHKのテレビドラマ「許さないという暴力について考えろ」を見た。長さは50分だ。
ドラマの舞台は「渋谷」。登場人物は、どういう番組にしようかという意図もないままに渋谷の街を取材するテレビディレクターの中村(森岡龍)。服飾デザイン専門学校に通うチエ(森川葵)と漫画家の姉(柴田聡子)。ストーリーを語るのはこのドラマにとって何の意味もないだろうから省略する。
宮本信子、でんでん、光石研、田口浩正、平泉成といった豪華俳優陣が脇を固める。これらの人々の役柄を紹介すると、ネタバレになるのでそれもやめておく。ただし、上記俳優陣はこのドラマでも当然のごとく存在感を示す。しかし、その存在感が表現しようとしている意味は筆者には無駄に思えた。
テレビドラマとは何か。
その定義があるとすれば「フィクションである」というただ一点のみだと筆者は思うし、そうである以上、どう作っても構わないと思う。ただし、又吉のドラマを見ていて頭を駆け巡ったのは、テレビドラマはどうやって企画され、どうやって企画が通り、どうやって脚本が書かれ、どうやって予算が付くか、と言う流れのことであった。
あくまでも一般的な形だが、オリジナルのテレビドラマ完成までの流れは次のようなものだ。
プロデュサーやディレクターや脚本家がやりたい企画の元を考える。まだモヤモヤしたアイデアを企画書にまとめる。企画書にはあらすじ、イメージキャストなどが書き込まれる。編成局員が企画書を読んで予算を付けて放送作品にするかどうかの判定をする。
無事、企画が採用されると、次に、実際のキャスティングに入る。プロデユーサーと脚本家が打ちあわせを繰り返しながら脚本家が台本を書いて行く。脚本にはセリフが書かれているのが通常だが、この脚本の書き方、どこまで書き込むかなどは作り手によって千差万別である。
そして、できあがった脚本を元にディレクターの指示でセットができあがり、衣装が決まり、照明のプランができあがり、ロケの場所が決まり、撮影がはじまる。撮影された映像が編集され、音響効果が付けられ、完成する。
しかしながら、又吉のドラマは「こうした一般的な手順を踏んで出来あがったものではない」と筆者はに感じられた。
もちろん、別にそんな手順を踏む必要はなく、おもしろければ手順などどうでも良い。では、本作はどういう経緯を経て成立したドラマなのだろうか?
【参考】大河ドラマ「いだてん」ビートたけし演じる古今亭志ん生にいくつかの危惧
どうやら又吉に脚本を書かせるのがまず先に決まっていたようだ。NHKのサイトに又吉のインタビューが載っていたので抜粋して引用する。
(以下、NHKのサイトより引用)
— なぜ『渋谷』を舞台にしようと考えたのですか?
又吉「実は企画の段階で、『渋谷を舞台にするのはどうですか?』という案をいただいたんです。僕にとって渋谷はとても馴染みのある街なので、『ぜひぜひ!』とすぐにお受けしたんです」
— ドラマの脚本を書くことになったいきさつは?
又吉「実は、最初からドラマの脚本を書こうとしていたわけではないんですよ。舞台が渋谷と決まってからは、『もしかしたらコントになるかもな』とも思いながら、わりと自由に書かせてもらったんです。途中、監督さんやいろんな方から『これはドラマだと思いますよ』と言われて、『じゃあ、そうしよか』と。そういうわけで、過去に見た作品を参考にしたわけではないので、『これ、どうなんねやろ』と不安に思う反面、『映像化されたら、それはそれで見たい』と思ったのも事実ですね。」
— 『許さないという暴力について考えろ』というタイトルに込めた思いは?
又吉「僕自身、渋谷にいるとき『怖い』と思うことが結構多いんです。例えば先日ラーメン屋から出るときに、ビニール傘が何本も刺さった傘たての中から、『自分の傘はこれやろう』と思って1本手にとったんです。そしたら、男性のお客さんに『俺んだよ!』って怒鳴られて・・・。『そんな風に言わんでもええやん』と思いながら、僕結局、傘を持たないで店を出たんです。僕自身も含めて『みんな、余裕ないんだな』と感じていたんです。渋谷という街が今どうなっているのかを考えていく中で、『不寛容』というテーマが自然と浮かんできたんです。」
(以上、NHKのサイトより引用)
ドラマにはよく「テーマが必要だ」と言われる。このテーマというのが実はくせ者だ。テーマなど感じさせない方がドラマとして手慣れだという見方もある。
又吉のドラマで一番感じたのはテーマだった。あまりテーマを強調しすぎていて説教臭いドラマだと思ったくらいだ。セリフが発せられる度にテーマが明示的にあるいは暗喩として何度も繰り返された。
ドラマにはストーリーと共に「いいセリフ」がなければならないとよく言われる。又吉のドラマの中で、筆者はそれを発見できなかった。
ドラマの脚本は通常、ラフスケッチのようなものであり(などというと倉本聡先生はお怒りになるだろうが)、その脚本に美術や照明効果のチカラが加わり、撮影が画を切り取り、役者が芝居を工夫し、演出が加えられて完成する。筆者の感じでは、ドラマの成立に果たす脚本の役割は60%程度である。
ドラマの脚本の中には情景描写や、ここでこういう効果音を使って欲しいと言うことも当然書き込まれるが、それがあまりに過剰なものはよろしくないとされる。ディレクター(監督)の想像の力を奪ってしまうからだ。
又吉のドラマの中では様々な心象風景がディレクターによって映像化されていた。これでもか、これでもか、という感じである。そういえば、宮本信子、でんでんと言った役者も心象風景そのものを演じていたのである。
なるほど、これが又吉直樹の初脚本ドラマを見て「説教臭い」と思ってしまった原因だったのか。
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