<体操協会パワハラ>私からコーチを引き離すのは許さない! 宮川選手18歳の一途な戦いの本質
メディアゴン / 2018年9月15日 7時30分
両角敏明[元テレビプロデューサー]
* * *
8月18日、いかにも幼げな宮川紗江選手が18年の人生最大の勇気をふりしぼって記者会見に臨みました。用意したペーパーを見ながら必死に訴えたのは、暴力を問われた速見佑斗コーチの処分軽減でした。そして日本体操協会幹部・塚原夫妻によるパワハラを告発し、夫妻が権力をふるう協会の体制刷新まで求めました。
メディアは宮川擁護、塚原夫妻非難に驀進します。それは表現上のメディアスクラムのようで、いささかの宮川批判も許さない空気を世の中に醸成して行きます。
そんな中、衝撃的な映像を目にします。9月6日フジテレビ「バイキング」が放映した、速見コーチが15才の宮川選手を平手で殴る強烈な映像です。右手で一度、左手でもう一度、パチーン!と大きな音が響くまったく容赦のない殴打に、宮川選手は大きくよろめきます。それでもコーチの前にまた正立しようする、とても哀しい映像でもあります。この映像を視たショックから、あらためて宮川選手の会見を見直すと、宮川選手による二つの嘘と、一途な願いが浮き出て来ました。
会見で宮川選手は「7月15日の嘘」について自ら説明します。協会の塚原夫妻が宮川選手を呼んで速見コーチによる暴力があったかどうかを尋ねた時のことです。
「その時は(暴力は)なかったと言いました。何人か目撃した人がいるという証言があるので、それでも認めないのですかと言われたので。(中略) 誰に何を言われても、ないというふうに答えますと、答えました。」
さらに速見コーチによる暴力の実態については、一年以上前までは時折あったが、コーチへの信頼感を損ねるようなものではなかったと答えます。後日のテレビ出演でも、協会が認定した11の暴力事例のうち比較的軽い2~3について認めただけで、他はすべてなかったと否定しました。
ところが9月5日、加害者である速見コーチが会見を開き、11事例のほぼすべてを認め、平手での殴打、お尻を蹴るなどの行為までを語り、処分は妥当と明言しました。これにより宮川選手の発言は暴行事実を矮小化した嘘だったことになります。
【参考】<日本スポーツ協会が調査>ボクシング連盟よりひどい競技団体が多数
では宮川選手がなぜ嘘をついたのか、その理由は会見での数々の発言に滲み出ています。
*私は速見コーチと引き離されてしまうんだ。私は恐怖と苦痛ですべてがおかしくなってしまいそうでした
*速見コーチと私を引き離すことを前提に多くの力が働いていたことは間違いなく~
*暴力の件を使って私と速見コーチを引き離そうとしている
*私は本部長に従わなかった部分もあるので、私とコーチは引き離されそうになっている
これ以外にも同じような発言が繰り返されています。宮川選手を突き動かしたのは、間違いなく速見コーチと引き離されてしまう事への強烈な恐怖でしょう。そして、それを進めているのは体操協会だという極めて強い思いが、塚原夫妻への「権力を使った暴力」というパワハラ批判やひきぬき批判、体制批判にまでつながっているように思えます。例えば、
「これ(暴力処分)ははじめから協会の権力者が自分を朝日生命体操クラブに引き抜くためにジャマな速見コーチを排斥するためだったと確信に変わりました。」
という陰謀説ですが、メディアが強い関心を示すこの朝日生命への引き抜き話と「東京2020」問題の告発も、発露は同じです。この件で宮川選手の真情が窺える発言があります。
「2020に入ることで速見コーチは参加することは難しいですし、そうなると朝日生命の先生たちに私は教えてもらうことになります。所属が朝日生命になるかどうかということよりは、(中略)このままでは引き離されて、このまま取られてしまうんではないかというふうに思いました。」
彼女は「引き抜き」よりも、速見コーチと引き離されたくないという思いだけが頭の中で渦巻いているようです。どうでしょう、宮川選手に貫かれているのは「どうか私と速見コーチを引き離さないで」という痛切な願いであって、メディアが大騒ぎするほどには、パワハラ撲滅や組織改革の旗を振る体操界のジャンヌ・ダルクたろうとしているわけではなさそうです。
そうなら、体操協会の組織やガバナンスの問題は、テレビに出まくって組織批判を繰り返す金メダリスト・池谷幸雄さんや森末慎二さんなどを含めて、もっとも相応しい方々が協会組織の点検と改善の責任を果たされれば良いと思います。しかし一方で女子柔道のパワハラ問題からすでに5年が過ぎた今の今まで、体操協会はもちろん、体操に関わるすべての人たちは、何年にもわたってこれほどの暴力を看過し、暴力の前に選手をさらし続けたのです。
【参考】2020年の東京五輪はオリンピックとパラリンピックを同時開催すべき
最大の問題はこの点ではないでしょうか。しかも事は単純な暴力問題ではありません。「宮川選手の痛切な願い」があるからです。
速見コーチが宮川選手を殴打する映像を視た多くの方は、宮川選手と速見コーチがこれからも師弟関係を続けることに疑問を感じたのではないでしょうか。筆者はその一人です。少なくとも、速見コーチには少女の顔を手加減なく殴れる心があり、暴力を常習的に継続したキャリア、すぐに熱くなる性格などが明らかなのですから、女子選手を教えるコーチとしての適性は厳しくチェックされるべきと感じます。
ところが、この強烈な暴行映像を宮川選手と一緒に視たお母さんはこんな感想を語ったとTBS「ひるおび」が伝えています。
「初めて映像を視ましたが、殴られていることは把握していましたので、ショックではありません。」
娘が殴り飛ばされる姿を見て心痛まぬ母親はおりますまい。このコメントは娘の切なる望みを叶えようと耐える母親の精一杯のコメントなのでしょう。それでも、この言葉を聞けば、宮川母娘は速見コーチの暴力を今も心底から否定できていないように受け取れます。
教育評論家の尾木ママこと尾木直樹氏などは、宮川母娘と速見コーチの関係に、DVなどで言われる『共依存』の関係の可能性を指摘しています。またストックホルム症候群の可能性を指摘する人もいます。
*共依存(症):何をされても結局は許してしまったり、相手の責任も自分のせいだと感じる、などの心理
*ストックホルム症候群:被害者が、加害者に対し強く好意的になる現象、心的外傷後ストレス障害とされる。
一方で、殴打映像についてテレビで、池谷氏は「これはダメだが体操の器具にぶつかったらもっと痛いことを知るのも大事」、森末氏は「この映像がなぜこの時期に出てきたかも問題」などと発言しています。
二人のレジェンドにして「暴力に対する理解の浅さとゆるさ」を平気で露呈しているところに体操界の甘さが象徴されているのかもしれません。いったい日本の体操界はこれまでどれほどの暴力対策を講じてきたのでしょうか。コーチから引き離されたくない一心で言った宮川選手の協会批判をきっかけに、ここぞとばかりに内輪喧嘩を世間にさらすのもご自由でしょうが、今はすべての小さな女子選手たちを暴力からどう守るのか、暴力の実態を明らかにし、科学的、医学的知見を含めて有効な対策を打ち出すことが喫緊の課題のはずです。
体操界は、まずはじめにメダリスト宮川紗江選手をどう守るのか・・・。すでに、18才の女子選手はこの決意表明で記者会見を締めくくっています。
「なにがあっても私は速見コーチと一緒に練習することはもう決めています。」
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