NHK「チコちゃんに叱られる」は人間の負の感情も満足させる
メディアゴン / 2019年1月10日 7時30分
高橋 維新[弁護士/コラムニスト]
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「チコちゃんに叱られる」というNHKの番組が人気である。最近の視聴率も本放送で15%前後という高い数字で推移しているようである。
テレビ番組はエンターテインメントであり、エンターテインメントとは人の正の感情を呼び起こして満足させてくれるものである。いくつかあるその「正の感情」の中でこの番組がエンターテインメントとして対象としているのは、疑いなく「知的好奇心」である。
番組の核となっているのは、「さして、疑問を持たず、人間(日本人)の実生活に溶け込んでいるものの、よく考えてみるとなぜそうなっているかが気になるもの」である。直近の1月4日放映分からいくつか例を挙げると、「なぜホコリは灰色なのか」「鯛焼きはなぜ鯛なのか」といったようなものである。ただこの手の知的好奇心を満たすだけの番組であれば他にいくつも例がある。
同局の「あさイチ」や「ためしてガッテン」に代表されるような情報バラエティだって、取り扱っているのは「お得な情報」であり、満たしてくれるのは人間の知的好奇心である。
この番組が他と違うところは、知的好奇心以外にもう一つ人間の「正の感情」を題材としている。それが、(ビシッとした言葉がないのが恐縮であるが)、「他人が怒られているのを見るのは楽しい」という感情である。終了した番組だと「愛の貧乏脱出大作戦」とか「ガチンコ」とか「マネーの虎」とかが代表的であるが、昔から他人が怒られているのをエンターテインメント化した番組というのは数多くあったのである。人間は、自分を安全な位置に置いて他人が怒られているのを見ることで自分にプラスの感情が生じる醜い生き物なのである(「醜い」というのは評価なので、そのような人間を「醜い」と評価するかどうかは人それぞれではあるが)。
これはおそらく、怒られている他人と、直接怒られているわけではない自分を対比することで、自分が怒られている彼らより上だと認識できるからである。「チコちゃんに叱られる」でも、まずは取り扱う「疑問」をスタジオに出演しているゲストの芸能人に聞く。彼ら彼女らは、基本的に正解を出せない。次に、テーマである「疑問」を街の一般人に聞いてみる街頭インタビューの映像が必ず入る。このインタビューに答える人たちも、当然ながら正答を出せない。これらスタジオの芸能人やインタビュイー達は「ボーっと生きてんじゃねーよ」とチコちゃんに怒られる役回りであり、視聴者に下に見てもらう対象である。
実のところ、視聴者も正答を出せないことの方が多いと思われるので、チコちゃんの怒りや叱責は視聴者にも向けられている。本来、エンターテインメントでは受け手(視聴者)に負の感情を呼び起こすのは御法度である。それでもなぜこの番組がエンターテインメントとして成立しているかといえば、番組がスタジオの芸能人やインタビュイーの一般人を視聴者よりも一段階下げて扱っている(=より正確に言えば、視聴者がそのように思える構造を構築する演出に注力している)からに他ならない。
芸能人の方は、分かりやすい。彼ら彼女らは一般人の視聴者よりも知名度と財力がある人たちなので、視聴者は「彼ら彼女らのような知名度・財力がある人たちであれば知っていて当然」と思えるのである。実際は彼ら彼女らの方が物を知っているというのは完全なフィクションなのだが、少なくともそのように勘違いできるのが人間なのである。知名度や財力といったヒューリスティクスから人間の能力まである程度の判断をしてしまう人間の認知の歪み(これも人間の「醜さ」の一つ)をうまく利用しているのである。
もう一つの街頭インタビューの方にも同じ構造がある。インタビューに出てくるのは、決まって「正解を知ってそうな条件を満たしている人たち」だからである。例えばクリスマスがテーマの疑問であれば、クリスマスのイルミネーションを見ている人たちにインタビューを敢行し、視聴者が「イルミネーションを見ていない俺たちであれば知らなくても当然だな」と思える感情の逃げ道を用意しているのである。
実のところ、イルミネーションを見ていない視聴者もイルミネーションを見ている街の一般人と同じくらいクリスマスを楽しんでいるかもしれないので、これはあくまで見ている側にとっての感情の逃げ道でしかない。ここでも番組は、視聴者にヒューリスティクスによる単純化された判断をさせているのである。もっと具体的に言えば、「イルミネーションを見ている奴の方がクリスマスに詳しい」と無意識のうちに納得をさせているのである。それを助けているのが、街頭インタビュー映像の最後に決まって入る「○○のなんと多いことか」というナレーションである。
イルミネーションを見ているか、見ていないかという程度の違いで自分のことを棚に上げられる人間の感情もやはり「醜い」ものなのであるが、番組はこの醜さを利用して「チコちゃんの怒りは自分に向けられたものではない」と視聴者が思えるような構造を作り出し、絶妙なバランスでエンターテインメントとして成立をさせているのである。だから、例えば「チコちゃんに叱られる」を毎週見ている番組ファンにこの手のインタビューをやるのは厳禁のはずである。これをやると、視聴者は自分が怒られていると思ってしまう。自分が怒られていると思って番組の視聴を不快に感じたら、エンターテインメントではなくなってしまう。
この基本構造を押さえたうえで、番組はこれを笑いとして昇華している。チコちゃんの怒りもあくまで本意気の怒りではなくて、笑いを呼び起こすためのツッコミとしている。「5歳の少女」というチコちゃんの設定も、チコちゃんの怒りや毒を中和し、容赦してもらうための材料である。子どもの言っていることであれば、内容が生意気でも何となく大目に見て許してしまう人間の心の構造を利用しているのである(これは、クレヨンしんちゃんで毒を吐くしんちゃんと同じ構図である)。
それでも毒が過ぎることがあれば、毒を吐かれた人にフォローを入れて更なる中和を図るのが岡村の役目である(もっとも、それはスタジオの出演ゲストでもできることではあるので、未だに岡村の立ち位置はフワフワしたものになっている。番組が長く続けばもう少し変わってくるかもしれない)。
番組は他にもいろいろな手段で笑いを生み出そうとしている。取材に協力してくれた専門家たちもツッコミどころがあれば容赦なくイジる。関係ない話が長くなればVTRをブツっと切ってしまう。疑問に答えるためのハイクオリティな寸劇やパロディがたくさん入る。このあたりは、「トリビアの泉」と演出がそっくりであるが、何のことはない。作っている人間が共通しているようである(番組のプロデューサーの小松氏は従前フジテレビの従業員であり、トリビアにも関わっていたそうである)。
ただ、トリビアが終わってしまったように、雑学や豆知識を核とした番組は、いずれネタ切れが来る。直近放映分にも最後の最後に「諸説ある」という注釈が入っていたものが多かったが、これはネタが切れ始めていることの証左である。初期は、きちんとウラが取れるネタだけで固められるかもしれない。そして、それが一番安全である。
しかし、いずれそういった固いネタだけでは限界が来る。そのうち、甲乙両論あるうちのどれか一つを「正解」として扱わなければならないネタが増えていくだろう。番組の核はあくまで「知的好奇心」なので、正解を何とかひねり出さなければエンターテインメントとしては成立しない。「よく分かっていません」という結論では、大学の講義にはなっても、エンターテインメントにはならないのである。当然ながら、オンエアの背後には取材しても答えがよく分からなかった「没ネタ」が山のようにあるのだろう。
この番組はたまにそのような没ネタすら自虐的に取り扱うことがあるので、そのあたりにもトリビアと似た精神構造を感じるが、それはあくまで箸休めに過ぎないので、本ネタを用意し続けなければ番組が続かないというのは揺るがないことである。
私は、ネタが切れたらスパッと番組を終わらせる潔さをもっていて欲しいと思っている。ジタバタして番組の晩節を汚して欲しくはない。一番ひどいのはネタ切れを糊塗するためにネタを捏造した結果、それがバレて番組が終わってしまう、というパターンである。これは、それまでの優良番組としての歴史をも全て闇に葬ってしまう最大の愚策である。
すでにもう、諸説ある中での一番おもしろいやつ、一番演出しやすいやつ、一番寸劇が作りやすいやつを「正解」として扱うというような演出上の取捨選択をしてはいないだろうか。ここにも「おもしろさのために正確さを後退させる」という嘘がある。捏造はこの延長線上にあるので、決して異質なものではない。よくよく、気を付けて欲しい。
ところで、チコちゃんの声を担当しているのは木村祐一である。木村の回しも、見事である。ただ見てくれが木村本人であったら苦情の方が多くて続けられなかったと思う。見た目や年齢といった設定そのものをプロデュースされた状態で世に送り出されたのがチコちゃんというキャラクターなのである。見た目や年齢も人気を獲得するうえでは非常に重要なので、今後もっとテレビの世界にもこういったキャラクター(タレント)が増えていくだろう。
ネットの世界にはすでにVTuberというものが存在している。人気のために見た目をイジるという発想はチコちゃんと一緒である。初音ミクに人気があるのは、美少女としての見た目を最初に設定してしまったからである。声も見た目も含めた全ての要素を人気が出るようにイチから作り上げられたバーチャルなタレントが登場する未来は、そう遠くあるまい。こうやって見た目で物事を判断してしまうのも、人間のヒューリスティクスであり、「醜い」側面のひとつである。
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